2025年4月11日(金)

WEDGE REPORT

2025年3月3日

再建への
道のり険しく

 国内外に懸案を抱える中、新たな国づくりは難航が予想される。

 シリアは人口の7割を占めるスンニ派と、アラウィ派、ドルーズ派、キリスト教など様々な宗教・宗派が混在する「モザイク国家」だ。人口で1割ほどのアラウィ派のアサド父子による恐怖政治のくびきが解かれた今、目指すべき国の姿についてコンセンサスをつくっていくのは容易ではない。暫定政権は3年以内に新憲法を起草し、4年以内に選挙を実施する方針だが、各地の指導者や市民の代表者らを集めて国づくりを話し合う看板の「国民対話会議」の開催は、約1カ月半遅れて2月下旬にずれ込んだ。

 最大のネックとなるのが、暫定政権を主導するHTSとその指導者アハマド・シャラアの素性だ。

 シャラアは03年に国際テロ組織アルカイダに加わり、ISの前身組織からシリアに派遣されて11年に「ヌスラ戦線」を創設した。13年にISの前身組織と対立し、16年にはアルカイダからも離脱し、諸勢力を統合してHTSに改編した過去を持つ。HTSは欧米からテロ組織に指定されており、シャラアには米国が昨年12月に取り下げるまで1000万ドル(約15億円)の懸賞金がかけられていた。ダマスカスに進軍する直前まで、「ジャウラニ」との偽名を名乗っていた。

 シャラアは米CNNのインタビューに「イスラム統治を恐れる人々は、その誤った実施方法を目にしたか、正しく理解していないかだ」と原理主義的な統治への不安払拭に努め、「他の集団を消し去る権利は誰にもない」と少数派を尊重する考えも示した。スーツ姿でネクタイを締め、欧米メディアのインタビューにも応じるなどオープンなイメージを振りまくが、過去には厳格なイスラム法の適用に意欲を示し、拠点イドリブではHTSが拘束した住民の解放を求める抗議デモが頻発している。

 その政治手法も未知数だ。1月29日夜に突然、シャラアが暫定大統領に就任したことが発表され、内外に驚きが広がった。

HTSに抗議し、「革命に戻ろう」と合唱するドルーズ派の人たち=2025年1月31日、南部スウェイダ

 少数派ドルーズ派が暮らす南部スウェイダでは就任発表の2日後、HTSへの抗議集会が開かれた。

 前日ネットがつながらなかったにもかかわらず、中心部の広場に約300人が集まった。「ジャウラニに合法性なし」「殺人者の再来だ」などと書かれたプラカードを掲げ、円陣を組んで「革命に戻ろう」と合唱した。弁護士リナ・アブハムダン(49歳)は「アルカイダとヌスラという黒歴史を持つ新たな独裁者はいらない」と怒りをあらわにした。

 シリアやレバノン、イスラエルなどの山岳部に暮らすドルーズ派は、コーランとは異なる聖典を持つなど独自色が強く、スカーフで髪を覆わない女性が多いなど世俗的で、イスラム教の他の宗派から異端視され、ときに迫害を受けてきた。内戦中も独自の民兵を組織し、HTSの前身・ヌスラ戦線やISの侵攻を撃退した経緯もあるだけに、イスラム原理主義への警戒心は強い。

 反体制派リーダーの一人、精肉店主バセル・ジャンバイ(45歳)は「『シャラア』という仮面をかぶっただけで、中身は国民と少数派への虐殺を重ねてきた『ジャウラニ』に過ぎない。言っていることは口だけだ」と不信感を隠さない。

 「今世紀最悪の人道危機」を脱する歩みを始めたシリアは、多様性を許容する民主国家に向かうのか、イスラム原理主義に装いを変えた強権国家に戻るのか。その舵取りは、かつてアルカイダに忠誠を誓った男の手に握られている。(文中敬称略)

パレスチナ難民が暮らす街はゴーストタウンになっていた。店の面影も無く、崩れたビルばかりだった=2025年1月29日、ダマスカス・ヤルムーク
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Wedge 2025年3月号より
食料危機の正体 日本の農業はもっと強くできる
食料危機の正体 日本の農業はもっと強くできる

ロシアのウクライナ侵攻により、世界的に「食料危機」が懸念されるようになった。それに呼応するように、日本政府や農林水産省、JA農協などは食料危機をあおり、多くの国民は戸惑っている。確かに、担い手の減少や農産物の価格高騰、肥料・飼料の不足など、日本の農業には課題が山積みだ。しかし、新しい技術や発想で未来を切り拓こうという動きもある。日本の農業を強化し、真の「食料安全保障」を実現する方法を提示する。


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