再建への
道のり険しく
国内外に懸案を抱える中、新たな国づくりは難航が予想される。
シリアは人口の7割を占めるスンニ派と、アラウィ派、ドルーズ派、キリスト教など様々な宗教・宗派が混在する「モザイク国家」だ。人口で1割ほどのアラウィ派のアサド父子による恐怖政治のくびきが解かれた今、目指すべき国の姿についてコンセンサスをつくっていくのは容易ではない。暫定政権は3年以内に新憲法を起草し、4年以内に選挙を実施する方針だが、各地の指導者や市民の代表者らを集めて国づくりを話し合う看板の「国民対話会議」の開催は、約1カ月半遅れて2月下旬にずれ込んだ。
最大のネックとなるのが、暫定政権を主導するHTSとその指導者アハマド・シャラアの素性だ。
シャラアは03年に国際テロ組織アルカイダに加わり、ISの前身組織からシリアに派遣されて11年に「ヌスラ戦線」を創設した。13年にISの前身組織と対立し、16年にはアルカイダからも離脱し、諸勢力を統合してHTSに改編した過去を持つ。HTSは欧米からテロ組織に指定されており、シャラアには米国が昨年12月に取り下げるまで1000万ドル(約15億円)の懸賞金がかけられていた。ダマスカスに進軍する直前まで、「ジャウラニ」との偽名を名乗っていた。
シャラアは米CNNのインタビューに「イスラム統治を恐れる人々は、その誤った実施方法を目にしたか、正しく理解していないかだ」と原理主義的な統治への不安払拭に努め、「他の集団を消し去る権利は誰にもない」と少数派を尊重する考えも示した。スーツ姿でネクタイを締め、欧米メディアのインタビューにも応じるなどオープンなイメージを振りまくが、過去には厳格なイスラム法の適用に意欲を示し、拠点イドリブではHTSが拘束した住民の解放を求める抗議デモが頻発している。
その政治手法も未知数だ。1月29日夜に突然、シャラアが暫定大統領に就任したことが発表され、内外に驚きが広がった。
少数派ドルーズ派が暮らす南部スウェイダでは就任発表の2日後、HTSへの抗議集会が開かれた。
前日ネットがつながらなかったにもかかわらず、中心部の広場に約300人が集まった。「ジャウラニに合法性なし」「殺人者の再来だ」などと書かれたプラカードを掲げ、円陣を組んで「革命に戻ろう」と合唱した。弁護士リナ・アブハムダン(49歳)は「アルカイダとヌスラという黒歴史を持つ新たな独裁者はいらない」と怒りをあらわにした。
シリアやレバノン、イスラエルなどの山岳部に暮らすドルーズ派は、コーランとは異なる聖典を持つなど独自色が強く、スカーフで髪を覆わない女性が多いなど世俗的で、イスラム教の他の宗派から異端視され、ときに迫害を受けてきた。内戦中も独自の民兵を組織し、HTSの前身・ヌスラ戦線やISの侵攻を撃退した経緯もあるだけに、イスラム原理主義への警戒心は強い。
反体制派リーダーの一人、精肉店主バセル・ジャンバイ(45歳)は「『シャラア』という仮面をかぶっただけで、中身は国民と少数派への虐殺を重ねてきた『ジャウラニ』に過ぎない。言っていることは口だけだ」と不信感を隠さない。
「今世紀最悪の人道危機」を脱する歩みを始めたシリアは、多様性を許容する民主国家に向かうのか、イスラム原理主義に装いを変えた強権国家に戻るのか。その舵取りは、かつてアルカイダに忠誠を誓った男の手に握られている。(文中敬称略)