2024年11月5日に行われた米大統領選挙では、不法移民対策が大きな争点となった。米国には現在1100万人ほどの不法移民が存在するとされ、共和党候補のトランプ氏はその強制送還を最大の争点として掲げてきた。
トランプ氏は民主党候補のハリス氏とのテレビ討論会で、「不法移民が飼い猫を食べている」という仰天発言もした。選挙集会でトランプ支持のコメディアンが米国の自治領であるプエルトリコを「ゴミの浮き島」と表現した際には、自身の関与を否定したが、合法・不法を問わず移民を批判することが選挙戦略上、重要との認識は持ち続け、強硬な姿勢を示し続けた。
ハリス氏はバイデン政権の副大統領として移民問題解決の任務を与えられていたが、これといった成果を出すことができずにいたため、しばしば防戦に追われた。トランプ氏が大統領選挙で勝利したことは周知の事実である。
米国では建国期以来、移民に対する論争は常に行われていて、移民排斥の動きも存在した。米国民は、欧州の君主制や宗教的迫害から逃れた人たちが建国したという自負を持ち、合法移民を年間70万人ほど受け入れている。だが、不法移民について、その賛否は党派を横断してきた。
米国は多くの移民を受け入れている多民族国家であるため、民族性、宗教、言語などから国民性を説明することができない。そのため、自由、平等、個人主義、民主主義、法の支配などの米国的信条と呼ばれる理念を共有する者を社会の成員と見なすのが一般的だった。移民をそれらの理念に憧れてきた人だと考えれば、移民は米国的信条の正しさを確認し、強化する存在だといえる。他方、米国的な理念を共有しない国から来る移民を米国社会の基礎を掘り崩す存在だと主張する人もいる。スタンフォード大学の創設者であり、鉄道会社経営でも知られるリーランド・スタンフォード氏が、カリフォルニア州知事時代に、ゴールドラッシュによって流入した中国系などを「劣等人種」と表明し、反アジア主義の感情を煽ったことは知られている。
経済面に関しても議論は分かれる。安い労働力として移民を雇用したいと考える人々、例えば企業経営者などは受け入れに賛成する。他方、移民に仕事を奪われてしまうと考える人や、労働基準を引き下げて労働者の経済的保障を損なうと考える労働者層は、受け入れに批判的である。
移民に対する賛否が党派を横断する状況で何らかの移民政策を採用しようとすれば、すでに国内に居住する不法移民の一部に滞在許可などの合法的地位を与えるとともに、移民取り締まりの強化や、不法移民の雇用に罰則を科すなどの抱き合わせ策をとるのが合理的だった。その典型例が、レーガン政権期の移民改革統制法である。以後の政権も、どれだけの数の不法移民に永住権や労働許可を与えるか、移民取り締まりのための予算をどこまで増額するかなどを巡り、合意を模索してきた。