2025年4月18日(金)

家庭医の日常

2025年3月2日

受療行動を考えることの重要性

 家庭医の他科専門医と異なる専門的なアプローチの一つは、病理学的プロセスを説明するためのラベルである「疾患(disease)」と心身の不具合についてのその患者の個人的経験である「病気(illness)」の両方をバランスよく探る(『男性更年期障害のとんでもない誤解:下部尿路症状の経験を「患者中心の医療」で読み解く』)ことに加えて、「受療行動(illness behaviour)」を考えることである。

 「受療行動」は、米国ウィスコンシン大学の社会学者David Mechanicが1962年に発表した論文で「特定の症状がさまざまな人々によって異なって認識され、評価され、対処される(または対処されない)方法」と定義されている。

 疾患・病気と受療行動を区別することの重要性を過敏性腸症候群の例で説明しよう。B.D.さんは、今までの受診経験の過程でIBSを心理的要因と関連づける医療者と遭遇してきた。それに対してB.D.さんは釈然としない感情を抱いて来てきた。

 確かに、今までの研究で、IBSの患者は、不安や抑うつ気分、人生の不幸な出来事の経験、あるいは心理社会的ストレス要因をもっていることと関連づけられてきた。胃腸炎などの感染後にIBSを発症した患者が、最初の感染時に大きな生活上のストレス要因を報告することがある。慢性的なストレスとエネルギー不足を感ずる患者では、症状がより持続したり、頻繁に症状が増悪する傾向があることが報告されている。

 さらに、IBSの患者は、特定の症状だけでなく漠然とした健康上の不全感から、全般性不安障害さえ併存することがある。異常な排便に伴う予測不可能性と潜在的な恥ずかしさ、どの食品や状況が症状を引き起こすかの不確実性、そして自分で症状をコントロールできないという感覚から、時間の経過とともに恐怖や回避行動につながる可能性も指摘されている。

 確かにストレスは腸の運動性とそれに伴う感覚を変化させる可能性があるが、心理的要因がIBSの原因または結果であると言えるのか。症状を持続させることにどう働くのか。

 これらの研究の参加者(対象)のほとんどが医師を受診したIBS患者の特徴であることを考慮しなくてはならない。

 一方で、家庭医が注目する、地域に住む一般人口を対象とした研究では、IBSの症状があっても医師を受診しなかった群とIBSの症状がない群(当然医師を受診していない)とを比較している。その結果、両者の心理社会的・性格的特徴には有意な差がなかったのである。IBSの症状があっても、半数以上の人が医師を受診せず、自分自身でマネジメントできていたのだ。

 だから、IBSの患者を即、心理的要因と結びつけることは、適切なマネジメントとは言えない。「今、なぜ、このように症状を訴えて受診したのか」という「受療行動」を探ることで、その患者の望む最適なマネジメントに近いケアへの道が開かれる。医師は患者の恐怖と期待、そして症状に対する患者の考え方を理解する必要があるのだ。


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