研究途上の過敏性腸症候群の病態生理
家庭医として、私は受療行動の重要性も理解しつつ、IBSが発症する機序や経過(病態生理と呼ぶ)についての研究の発展にも期待している。現在わかっていることの概略は次の通りである。
・胃腸炎後に免疫が活性化したり、特定の食品によって腸壁の透過性が変化したり、薬剤によって腸内細菌叢が変化したりなど、特定の個人でIBSが引き起こされるプロセスが特定されてきた。
・一部の IBS 患者では、消化管の運動異常が認められるが、IBSと診断するための特徴的な運動活動のパターンは明らかにされていない。
・時間が経つにつれて、腸から脳への感覚神経(求心路)と脳から腸への調節神経(遠心路)が活性化され、末梢および中枢での痛みの感受性が高まり、腸の運動性が変化することもわかってきた。
・免疫組織学的調査により、一部の IBS 患者で特定の免疫細胞と粘膜免疫系の活性化が明らかになっている。
・糞便微生物叢の複雑な生態学から、その組成の変化がIBSに関連しているのではないかと推測されている。
・IBSと小腸細菌の過剰増殖との関連は一定した傾向は認められない。
・食品特異的抗体の発現、炭水化物の吸収不良、グルテン過敏症を中心に研究が行われているが、IBSの病態生理における食物の役割はまだ明らかではない。
・いくつかの双生児の研究により、IBSに対する遺伝的感受性が示唆されているが、特定の遺伝子とIBSとの関連性はまだ結論は出ておらず、家族パターンは根底にある社会的要因を反映している可能性もある。
「先生、IBSの原因って、そのうち分子レベルとかで解明できるんでしょうか」
「そう考えている医者は結構多いと思いますよ。でも私は、IBSに限らず、どんなにミクロのレベルで病気のメカニズムが解明されても、それだけでは不十分だと思います。社会生活のレベルでその人がどう辛いのか、それでどう行動したいのか(したくないのか)について個別の事情を聴かせてもらって、それに応じてどんなケアが良いのか一緒に考えていく方が良いと思います」
「なるほど。家庭医がどんな医者かちょっと分かりかけて来ました」
今回はIBSの治療について語るスペースがなくなってしまったが、これについても多く研究が発展途上で、まだ決定的な治療のエビデンスは乏しい。それぞれの治療法の有益性と害を考慮に入れて患者の意向を尊重しつつ相談していくことが良い。