
米ワシントンの連邦裁判所判事は17日、ヴェネズエラの犯罪組織構成員とされる200人超の強制移送について、自分が出した停止命令にホワイトハウスがなぜ従わなかったのかを問いただした。
ワシントン連邦地裁のジェイムズ・ボアズバーグ判事は15日夜、国外追放の対象となった男性たちを乗せたフライトの、引き返しを命令した。しかし、飛行機はそのままエルサルバドルに到着し、同国大統領府は男性ら200人超が国内の巨大刑務所に収容される様子の動画を公開した。
これについて ホワイトハウス当局者は裁判所に提出した書面で、政府は判事命令に逆らったわけではないと主張。ボアズバーグ判事の命令は書面ではなく口頭だったため執行不能で、命令が出された時点で移送機はすでにアメリカを出発していたことなどを理由に挙げた。
対するボアズバーグ判事は17日の審理で、自分は政府に飛行機の引き返しを明確に命令したと述べた。
「書面の命令ではなかったから無視できると思ったと、そう言っているのか」と、判事は司法省の担当者らに尋ねた。
ボアズバーグ判事は政府に対し、強制移送が命令された日時やフライト自体の詳細についてさらに詳しく情報を提出するよう命じ、回答期限を米東部時間18日正午(日本時間19日午前1時)とした。判事は、21日に予定されている次回審問まで、この件についての判断は保留するとも述べた。
政府の弁護士らは、強制移送は一時停止されていると述べた。
トランプ政権はこれに加え、裁判所に申し立てを行い、ボアズバーグ判事をこの裁判から外すよう請求した。
1798年制定の「敵性外国人法」適用
トランプ政権は週末にかけて、ヴェネズエラの犯罪組織のメンバーだとされる238人と、国際ギャング組織MS-13のメンバーとされる23人をエルサルバドルの刑務所に移送した。
トランプ大統領は15日にこの措置を発表し、ヴェネズエラのギャング組織「トレン・デ・アラグア(TdA)」が「米領土に対する略奪的侵略を実行し、試み、脅している」と主張。「敵性外国人法」発動の布告に署名したと発表した。
1798年制定の「敵性外国人法」が適用されるのは、第2次世界大戦中の日系アメリカ人の強制収容以来だとされる。今回の政府措置について、さまざまな人権団体などがその正当性に疑問を呈している。
ホワイトハウスは17日、強制移送した261人のうち137人の処分が、「敵性外国人法」に基づくものだったと発表した。残りの人たちが何を根拠にアメリカから追放されたかは不明。
複数の移送機が飛行中に開かれた地裁審理で、ボアズバーグ判事は措置を14日間停止するよう命令した。 対象者を乗せた飛行機はすでに離陸したと司法省側が伝えると、判事は飛行機の「即時」の引き返しを口頭で命令したとされる。ただし、この命令はその後すぐに発表された判決文には含まれていなかった。
アメリカでは政府の三権分立による抑制と均衡の仕組みにおいて、政府機関は連邦判事の判決に従うことが求められている。
しかしトランプ政権の司法省は17日に連邦地裁に提出した書面で判例を引用し、「口頭の指示は差し止め命令として執行できない」と主張した。 政権当局者はまた、訴えの原告5人は国外追放の対象者に含まれていないとしたほか、移送機がアメリカ領空を離れた時点で判事の権限は及ばなくなると主張した。
ホワイトハウスのキャロライン・レヴィット大統領報道官は、「政権は裁判所命令に『従うことを拒否した』わけではない」と記者団に述べた。
アメリカとエルサルバドルの両政府は、強制移送された人々の名前を公表せず、犯罪歴やギャングのメンバーとしての容疑についても明らかにしていない。
強制移送された人の中に家族が含まれるという数人は米紙ニューヨーク・タイムズに対し、自分たちの家族はギャングと関係がなかったと話した。
一方、ホワイトハウスは、強制移送された者たちは確実にギャングのメンバーだったと、政府が得ている情報をもとに「確信している」と主張している。
トランプ政権の国境管理政策を統括するトム・ホーマン氏は17日、ホワイトハウスで記者団に対し、トランプ大統領は「まさに正しいことをした」と強調した。
「移送機は既に国際水域の上を飛んでいた。機内はテロリストで満員で、公共の安全に対する重大な脅威となっていた」、「我々はテロリストを排除した。この国ではそれを祝うべきだ」とホーマン氏は述べた。
「おっと……」とエルサルバドル大統領
エルサルバドルはアメリカからの強制移送者の受け入れに同意している。
同国のナジブ・ブケレ大統領や側近たちは、判事の命令を嘲笑するかのような投稿をソーシャルメディアで繰り返している。ブケレ大統領はソーシャルメディアに、判事命令を伝える記事の見出しに、「涙を流して笑っている」絵文字を添えて「おっと……遅すぎた」と投稿した。ホワイトハウスのスティーヴン・チャン広報部長は、この投稿をシェアした。
ブレケ大統領の側近たちはほかに、巨大刑務所に収容された受刑者の映像を投稿している。
ホワイトハウスによると、エルサルバドル政府は今回の収容の報酬として、600万ドル(約9億円)を受け取った。レヴィット報道官はこれについて、アメリカの刑務所で受刑者を収容する費用に比べれば「わずかな額だ」と述べた。
トランプ氏はかねて不法移民取り締まりを主要課題に掲げている。今回の強制移送の対象となった二つのギャングは、トランプ氏が1月にホワイトハウスに戻った際、「外国テロ組織」に指定された。
15日の強制移送と裁判所命令
(以下の時間は米東部時間)
午後5時25分: 飛行機追跡サイト「Flightradar24」のデータによると、強制移送の対象者を乗せたと思われる最初の飛行機がテキサスを出発。離陸はボアズバーグ判事の審理が中断している間に行われた。ホワイトハウスはこれに先立ち同日午後、トランプ大統領が敵性外国人法を発動したと発表していた。
午後5時44分: Flightradar24によると、強制移送者を乗せたと思われる2便目がテキサスを出発。
午後6時05分: ボアズバーグ判事による審理が再開。
午後6時46分: ボアズバーグ判事は法廷で、外国人を乗せた飛行機2機をアメリカに戻すよう、政府に口頭で命令。「この人たちを乗せた飛行機は、離陸予定かすでに空中にあり、直ちにアメリカに引き返す必要がある。(中略)直ちに順守されるようにしなくてはならない」と判事は述べた。
午後7時26分: ボアズバーグ判事は、強制移送のための今後の一切のフライトを一時的に差し止める命令を含め、書面による判決を出した。
午後7時36分: Flightradar24によると、強制移送の対象者を乗せたと思われる3番目の飛行機がテキサスを出発した。
トランプ政権と裁判所の対立に懸念
人権団体アムネスティ・インターナショナルUSAは、トランプ政権がかねてヴェネズエラ人は「ギャング関係者だと無差別に主張」することで「人種差別の標的にしてきた」ことが、今回またしても繰り返されたと批判している。
ヴェネズエラ政府もトランプ大統領を批判し、「ヴェネズエラからの移民を不当に犯罪者扱いしている」とした。
ボアズバーグ判事による差し止め命令につながる訴訟を起こした人権団体「アメリカ自由人権協会(ACLU)」は、トランプ政権による「敵性外国人法」の発動に不信感を示している。戦時下に包括的な追放権限を行政府に認める同法を発動したことで、「アメリカは非常に危険な領域に入っていると思う」とACLUのリー・ゲラーント弁護士は話す。
ゲラーント弁護士は、「敵性外国人法」はアメリカが対象の外国政府と交戦中に、もしくはその対象国に侵攻されている場合にのみ、強制移送を認めたのだと指摘。
「アメリカはギャングに侵攻されているわけではない」と同弁護士は述べた。
さらにゲラーント弁護士は、「政府はこの件は連邦裁判所に何の関係もないことだと言っている。それも危険なことだ。つまり、トランプ大統領のすることを合衆国の連邦裁は検証できないと政権は言っている。これはとても、とても危険な主張だ」と懸念を示した。
今回の強制移送命令をめぐり、連邦裁判所の命令に公然と逆らう用意がホワイトハウスにあり、その姿勢をホワイトハウスは示したのではないかと、アメリカ法曹界では懸念が高まっている。
トランプ政権発足後、アメリカ各地で裁判所がトランプ氏の大統領命令を差し止めたり阻止したりする決定が続いている。そこには連邦政府職員の大規模解雇や連邦政府資金の凍結なども含まれる。第2次政権発足当初にトランプ氏は、自分の権限がどこまで及ぶか限界を試そうとしたと受けとめられているだけに、憲法の専門家たちはトランプ氏が裁判所の命令に公然と背き、司法と対立する用意があるのか、そのしるしとなるものを注視している。
米コロンビア大学ロースクール移民権利クリニックのエローラ・ムケルジー氏は、「トランプ政権は特に移民問題において、行政権限の限界を押し広げようとしている」と指摘。「今回の強制移送フライトのように、明確で具体的な裁判所命令を行政府がわざと無視するなら、合衆国憲法が定める抑制と均衡の仕組みは脅かされ、この国の立憲民主主義も脅かされる」と話した。
他方、ホワイトハウスやアメリカの保守派の間では、各地の下級裁判所の判事たちが権限を逸脱して大統領命令を遅らせたり差し止めたりしているという認識にもとづき、いらだちが募っている。アメリカでは、ひとつの州の連邦判事による決定が、その政策の施行を全国的に差し止めることができる。
トランプ氏は16日、「8000万票近くを得て選挙で選ばれた合衆国大統領の立場に、一人の判事が自分を置いているようなものだ」、「それはこの国にとってとても危険なことだ。連邦最高裁の判断が必要になると思う」と発言した。これは、連邦政府職員の大規模解雇を命じた同氏の命令を、カリフォルニア州やメリーランド州の連邦地裁判事が差し止めるよう命じたことを受けてのもの。
ホワイトハウスのレヴィット報道官も17日、「ひとつの街のひとりの判事が、アメリカ国土から追放された外国人テロリストを乗せた飛行機の動きを、決定することなどできない」と発言した。
アメリカではこれまで共和党か民主党かを問わず、大統領の政策をひとりの連邦判事が全国的に差し止められる権限について、ホワイトハウスはしばしば抗議してきた。連邦判事のそうした権限を疑問視する政権もあった。トランプ政権が、この行政府と司法府の対立に何らかの終止符を打とうとするのか、注目されている。
(英語記事 Judge questions White House's refusal to turn around deportation flights / 'Oopsie, too late' - US courts tested by Trump's latest deportations)