トランプ米大統領の関税政策が物価に与える影響も見逃せない。
安くて良質の労働力と生産性の向上を求めて企業が海外に進出し生産拠点を構築したグローバル化の時代は、物価の下押し圧力が働きインフレが抑制されていた。しかし、トランプ関税に対して、欧州や中国が報復関税を課せば、世界全体の貿易量が減り、「脱グローバル化」が加速する可能性がある。パンデミック後のサプライチェーン見直しに拍車をかける形で、関税の連鎖により国際的な供給網が崩れれば、じわじわとコストが上がり、世界的に物価が上昇する事態も想定される。その影響は日本にも及ぶと覚悟するべきだ。
一方で、デフレ脱却を確実にしたい日本にとっては「追い風」だと捉えることもできる。賃金と物価の好循環までもう一歩という局面にある今、関税戦争による物価上昇を逆手に取り、賃上げが止まらないよう政府が旗を振り続けることが重要だ。
インフレをめぐる
古今東西の真理
物価と賃金の正常化に伴い、金利の正常化も進んでいる。日銀は13年から続けてきた量的・質的金融緩和(異次元緩和)を停止し、昨年3月までマイナス0.1%だった政策金利は、今年1月に0.5%まで引き上げられた。1年以内には1%に到達するという見方が支配的だ。日本は今、インフレ率が2%程度、金利も2%程度という新しい経済に移行する途上にある。
30年近く「金利のない世界」を生きてきた日本人は、金利が上がることへの不安が根強い。確かに、利上げは私たちの生活を直撃する。顕著に表れるのが住宅ローンだ。変動金利でローンを組んでいた消費者は利上げにより金利負担が増加する。ただし、賃金も2%上昇したとすれば、トントンだ。一方、固定金利でローンを組んでいた消費者は、2%経済に移行しても金利負担が増えないので得をする。インフレは債務の実質的な価値を目減りさせるため、「債務者に有利」「債権者に不利」だということは、古今東西の真理だ。
そして、家計以上にインフレによる影響が大きいのは日本政府だ。政府債務は約1100兆円にのぼり、そのほとんどは、住宅ローンでいうところの固定金利だ。また、政府の歳入も好調だ。物価が上がることで消費税収が増え、賃金の上昇で所得税収も増えているからだ。一般会計税収は21年度の67兆円から25年度は77.8兆円まで増える見込みだ。
インフレに伴い国債の価値が実質的に目減りし、国債保有者から政府へと所得が移転する現象は「インフレ税」といわれている。筆者の試算では、インフレ率が0%の経済から2%の経済へと移行することにより、政府は9年間で180兆円のインフレ税を得ることができる。
このように話すと「利上げにより国債の利払い費が膨らみ国家財政が苦しくなる」と指摘する人もいるだろう。確かに、新規で発行する国債の利払いが増えるのは事実だ。筆者の試算はこれを考慮しており、既発の国債の価値がインフレで目減りする効果が、利払い増を凌駕することが分かっている。
とはいえ、180兆円全てが政府の〝儲け〟になるという理解は適切ではない。日本政府の国債の約半分を保有する日銀は90兆円の損失を被っているからだ。仮に、政府が日銀の損失をカバーすれば、政府のネットの取り分は90兆円となる。
この政府の手元に残る90兆円をどのように使うかが重要だ。
前述の通り、政府には約1100兆円の債務があるため、大盤振る舞いはできない。しかし、2%経済への移行に失敗すれば、そもそも財政は巨額の果実を得ることができず、「捕らぬ狸の皮算用」になる。国家財政の苦しい懐事情を鑑み、180兆円を確実にものにすることを優先するべきだ。そのために、2%経済への移行の流れに乗り切れない人のために、インフレ税の一部(最大90兆円)を投入することは十分割に合う支出になるはずだ。
例えば、年金受給者の中にはインフレにより受給額が目減りして困っている人が多い。物価の上昇分に見合うように時限的に年金を増やすことも検討して良いのではないか。また、価格転嫁ができないために賃上げが進まない中小の下請け企業を対象にした、価格転嫁促進のための施策(賃上げの原資として法人税を減税するなど)を導入することも考えられる。
