「世界には4種類の国々がある。先進国と発展途上国、そして日本とアルゼンチンだ」
1960年代に活躍し、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者のサイモン・クズネッツ(=故人)はかつてこのように発言した。日本とアルゼンチンの経済成長率は「異常値」という意味だ。高度経済成長期の日本の成長率は他国と比べて異常に高かったが、低成長に喘ぐ現在の日本は別な意味で「異常な国」だ。
過去30年間における約200カ国の物価上昇率(インフレ率)を比較すると、日本は長い間ほぼ最下位に位置しており、世界から取り残される状態が続いている。クズネッツが注目したのは経済成長率だったが、インフレ率という変数で見たときに、日本は今もなお異常値だ。
ところが、2022年以降、少し様子が変わってきた。海外発のインフレにより日本の物価が上昇し、賃金も上昇し始めているのだ。
春闘での賃上げ率は、23年以降、高水準が続いている。1年目は3.58%、2年目は5.1%、3年目の今年は5.37%(第4回回答集計時点)だ。物価の上昇に合わせ、賃金も上昇するという認識がようやく社会に定着してきた。
今年の春闘では中小企業も健闘している。賃上げ率は4.97%(同前)と、昨年の同時期の集計(4.5%)から伸びている。とはいえ、大企業に比べれば見劣りするもので、春闘の結果に不満を持っている人は多く、賃上げの持続性には懐疑的な見方が残っている。
また、春闘に連動して全ての労働者の賃金が上がっているわけではない。そもそも労働組合に未加入の人や非正規雇用の労働者は多く、物価が上がるほどに賃金が上がっていないという意見はいまだ根強い。
政府は昨年来、中小企業が大企業に対して価格交渉しやすくするための下請法改正に向けた議論や最低賃金の全国平均を1500円に引き上げる目標の20年代への前倒しなどに取り組んできた。
足元で注目すべき動きは、最低賃金を通常より高く設定できる「特定最低賃金」の介護分野への導入を検討する考えを政府が示したことだ。
人手不足にもかかわらず賃金の上昇幅が鈍かった分野について、国主導で高水準の最低賃金を設けることにより、多くの人が賃上げを実感できるようになることを期待している。介護職以外のエッセンシャルワーカーにも、特定最低賃金の活用が検討されることが望ましい。