生の中国を知る貴重なチャネルの喪失
VOA、RFAの実質的な解体がもたらす影響は、中国人社会だけにとどまらないだろう。中国が安全保障対策を厳格化する中、こうしたメディアがもたらす情報の重要性は高まっている。
2012年秋に成立した習近平体制は情報統制を大きく強化した。国内に対しては「和平演変」(平和的体制転換)を抑止するべく、西側諸国の民主主義思想や普遍的人権が広がらないよう、研究者やメディアの統制を強化した。外国人がスパイとして拘束される事例が増える中、中国国内の生の情報を知ることは次第に困難になりつつある。
日本でもたびたび話題にあがるのが、中国の反スパイ法(14年制定、23年改正)だ。その第16条では「すべての公民、組織はスパイ行為を発見したら速やかに国家安全機関に通報せよ」とある。中国国民はスパイの疑いがある人物を発見したら、「12339」と呼ばれるスパイ通報サイトへの書き込み、または電話によって通報することが国民の義務とされているのだ。
なお、有力な情報を通報した場合、「国家安全に危害を与える行為の公民通報奨励弁法」により、賞金が与えられる。きわめて有力な通報だった場合には10万元(約200万円)以上となる。
4月15日には「第10回全民国家安全教育デー」を記念して、重要な通報をした中国国民90人あまりが表彰された。人民日報が一部の通報者の業績を報じている。
・国境近くに住むタクシー運転手の康さん、スパイ容疑者と格闘し事件解決に協力
・山東省の映像業界関係者の王さん、機密漏洩リスクを発見
・沿海部の漁師・魯さん、外国組織の諜報装置を海中から発見
・北京の大学生・徐さん、国家機密を売却した者がいると通報
・遼寧省の会社員・劉さん、軍事施設を盗撮する不審者を通報
・浙江省の研究者・石さん、海外機関が中国の機密情報データを違法収集していると摘発
さらに人民日報は「受賞者は全国各地、あらゆる業種、あらゆる年齢層に広がっている。業種では軍人、教師、医師、エンジニア、公務員、従業員、学生、農民、漁師、個人事業主など、年齢層では16歳の中学生から70歳の退職した教師まで幅広い」と続けた。まさに「壁に耳あり障子に目あり」、外国人が中国で行動していたら、いつ通報されても不思議ではない。
こうした状況で、メディア関係者や研究者は中国への渡航を躊躇している。この状態が長引けば、世界の中国報道と研究は文化大革命時代にまで戻りかねない。つまり、現実とは異なる幻想の中国像が世界に広がりかねないわけだ。
VOAやRFAは多くの中国人スタッフを擁し、彼らの個人的人脈を通じて、中国国内の生の情報を世界に伝えていた。反スパイ法時代の今、その重要性はますます高まっていただけに、実質的解体が世界の中国の報道、研究にネガティブな影響を与えるだろう。
