2025年5月13日(火)

Wedge REPORT

2025年5月4日

 人工林など腐るほどあるのだから、そんなに目くじらを立てるほどのことではないと思うのだ。しかし、中央の方針に忠実な役人にありがちな一面的な真面目さが、教条主義的で現場対応力に欠ける行政の根源となる。お勉強がよくできる優等生にありがちな対応で、これでは進歩がない。

 そこへいくと営林局長は、ワンマンでちょっと怖い人だったが、技術的知識が豊富で大局的見地に立って上部を恐れない人だった。国有林のまたとない㏚の機会だと積極的にコリドー設定を評価していた。また設定作業にたずさわった技官たちも意欲的で、いつもは当局に批判的な労働組合が珍しく好意的だった。

 こうして青森営林局のコリドー、名付けて「奥羽山脈縦断自然樹林帯」が日の目を見ることになったのである。当初から「緑の回廊」がよいという意見が強かった。確かにその方が単純でインパクトはあるが、コリドー外の森林だって緑だろうとのこだわりがあって、あえて説明的でくどいネーミングになった。

 このような新たな仕組みを立ち上げる時には、決まって外部委託調査をかけるのが役所の常である。委託先は林野庁OBがいっぱいいる公益法人だったが、余りの斬新さに驚いて、すぐに林野庁にお伺いを立てた。OBたちはいつまでたっても忠義だてをする。すると林野庁の自然保護担当は、「他局に影響がないようお願いします」と言ってきた。

 もちろん隣接する秋田営林局には、「いっしょにやりませんか」と声を掛けていた。奥羽山脈の脊梁部は東側青森営林局、西側が秋田営林局であるから、両局共同でやる方がより効果的である。しかし、秋田営林局は、分水嶺近くまで伐採が進んで人工林化された箇所が多く、また急な話だったので協力は難しいが、青森局の案には反対しないと言ってきた。

 当然の成り行きだったが、青森局としては、役人にありがちなスタンドプレーをねらったわけでなく、良いことはみんなでやろうという態度だった。大いに評価されてしかるべきか。

樹林帯構想の斬新な内容

 奥羽山脈縦断自然樹林帯(以下「樹林帯」と呼ぼう)構想の特徴は、単にコリドーとしてつないだことではなく、主要な山岳に新たに植物群落保護林(現「生物群集保護林」)を6カ所、3万2000ヘクタールを新設し、既設を含め8カ所の保護林について、平均幅1キロメートル、総面積2万8000ヘクタールの樹林帯で連結したことだった。東北地方の自然保護団体はそれぞれの地域の裏山を活動拠点としており、愛着が深い。八甲田、八幡平、和賀、焼石、船形、蔵王、これらの連山の保護林指定は、実は彼らへの大サービスだった。

焼石岳生物群集保護林のヒナザクラ(筆者提供)

 そして、樹林帯については、林地外への転用の規制、人工林の天然林への誘導、国以外の事業者が木を育てて売り収益を分ける分収造林地は伐採後天然林へ転換、放牧共用林野等については契約相手と相談の上で天然林へ転換を図ること等を管理方針としてまとめた。これによってバブル期に雨後のタケノコの如く乱立していたスキー場の開発計画は事実上立ち消えとなっていた。

 この構想は、どちらかと言えば敵対関係にあった自然保護団体から好意をもって受け入れられた。東北地方の各地の自然保護団体が毎年開催していた「東北自然保護の集い」に営林局は招待されるようになったし、地域の自然保護事案を支援していた日本自然保護協会からも高い評価を得た。

 林業に軸足を置いていると見えないのだが、10年もすればこの樹林帯構想は先進的な取り組みとして、高い評価を受けるようになると確信できるものだった。1995年のことである。

 ところが、それからわずか3年後の1998年に国有林野事業の抜本的改革が行われたときのことである。改革とは言え、内実は3兆円にものぼる膨大な負債の処理対策なのだが、国有林野事業が少しでも国民のために役立っていることを示さないと国民の同情が得られない。そこで青森局の樹林帯を全国版の緑の回廊に焼き直したものをメインに据えることにしたのだ。「他局に影響がないようお願いします」と言った、まさに舌の根も乾かぬうちにである。


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