ソ連と中国を分断しようという構想は、1970年代初頭にキッシンジャーが中国と国交を結んだ際の中心的な戦略だった。しかし当時の中国はソ連の力を恐れ、米国の力に頼ろうとする理由があった。
米国の外交官たちは中国のこの不安に再度火を灯そうとしている。中国に対してはその経済的利益は西側との交流にあると主張し、ロシアに対しては台頭する中国に飲み込まれる恐れを説いているが、その説得はほとんど成功していない。
トランプは習近平を気の合う相手とみなしている。トランプには対中タカ派の顧問が多いが、トランプ本人は中露と対立するより三国の協力を好んでいるようだという。
この点について、米国の長年の同盟国である欧州やアジアの諸国は神経を尖らせている。トランプがロシア・中国・米国の3国による影響力分割を求めているなら、それらの地域の諸国は冷遇されるリスクがある。米国の核による「拡大抑止」の約束は当てにならなくなり、同盟諸国は独自の核兵器を製造するか、新たな同盟国を探すことを余儀なくされる。
トランプはすでに、従来の世界の経済秩序のリーダーたる役割を放棄したようだ。
「あらゆることを一度にあらゆる場所で」というのは、トランプの世界に対する経済と安全保障の政策の大転換を簡潔に示す表現だ。トランプは変化を待ちきれず、勢い余って、世界の舞台で起きている最大の出来事、つまりロシアと中国がトランプというカードを切っていることに気が付いていない。
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友好国と対立国で異なる関税率
トランプの関税政策については、世界中に批判が拡散している。ポスト冷戦期のグローバル協力の時代に終止符を打ち、対立の時代開始の角笛を吹いたトランプ大統領の心算としては、上記でイグネイシャスが示唆しているように、経済政策と安全保障政策の転換は一貫しているのであろう。
現下の新たな対立の時代の特徴の一つは対立陣営間の経済的相互依存関係の存在であり、米ソ冷戦期のように両陣営間に経済的取引関係が希薄だった時代とは様相が大きく異なる。その相互依存を理由に、新たな対立は早晩雲散霧消するだろうと予測する論者が多くいるが、そうではなくて、逆に、対立国間の相互依存関係は、米国の関税政策の中で早晩希薄化の方向に向かうのではないかと思われる。
