米国科学・工学・医学アカデミーは22年に、血中コレステロール値上昇、ワクチン抗体反応低下、出生時体重の低下、腎臓がんリスクの増加との関連性には「十分な証拠がある」と評価している。これもまた因果関係を証明したものではない。
国際がん研究機関IARCは23年にPFOAを「ヒトに対して発がん性がある」グループ1、PFOSを「ヒトに対して発がん性がある可能性がある」グループ2Bと分類した。これは理論的な可能性を示したものであり、実際の生活の中でこれらががんを引き起こすことを証明したものではない。
因果関係確立の困難さ
PFAS曝露と健康影響との因果関係を科学的に証明することは、統計的な相関関係を示すことよりもはるかに困難である。その理由は、以下の通り様々な側面がある。
・多くの人が複数のPFASに同時に曝露しているため、個々のPFASの影響や複合影響の評価が複雑である
・PFASの健康影響が発現するまでに長い潜伏期間があるかもしれない
・個人の健康状態はPFAS以外の多くの要因、例えば喫煙、飲酒、食事のバランス、運動などの生活習慣、遺伝、PFAS以外の化学物質の曝露などに影響されるため、PFASの影響だけを評価することが難しい
・PFASに特有の疾患がないこと
・動物実験の結果をそのままヒトに適用できない場合がある
これらの多くの問題があるため、疫学研究で相関関係が示唆されても、それを根拠にして因果関係があるという判断は慎重にならざるを得ない。
裁判においては、診断を証明する医療記録、汚染地域での居住歴や職業歴など曝露の事実を示す証拠、血中PFAS濃度検査結果などが求められる。ただし、血中濃度だけでは因果関係は認められず、曝露と疾病を結びつける因果関係についての専門家の証言が必要になる。ところが、この因果関係の証明が極めて困難なことが現状である。
規制の内外差
日本の食品安全委員会は、PFASの健康影響評価において慎重な立場を取っている。24年に委員会は、疫学研究におけるコレステロール値上昇、ワクチン反応低下、出生時体重低下などについて、「関連は否定できないものの、証拠は不十分または限定的」と評価して、耐容一日摂取量TDI設定の根拠とはしなかった。発がん性についても証拠は限定的または不十分と評価した。そして動物実験での出生時体重のわずかな減少を根拠にしてTDIを設定した。
環境省も「PFOS、PFOA に関するQ&A集」において、「国内において、PFOSやPFOAの摂取が主たる要因とみられる個人の健康被害が発生したという事例は確認されていない」との見解を示している。
このように、PFAS問題においては、科学的根拠の提示とその不確実性をどう扱うかが中心的な課題である。そして欧米はこの問題を政治的に解決しているが、日本はあくまで科学に基づいて解決している。
例えば、米国環境保護庁(EPA)は22年に、PFASの一種であるPFOAおよびPFOSに対する生涯健康勧告値を、それまでの70ng/Lから、PFOAで0.004ng/L、PFOSで0.02ng/Lへと大幅に引き下げた。さすがにこれでは測定が難しいということで、その後、これらを共に4ng/Lに変更した。この措置はヒト疫学研究における免疫抑制やがんなどの発生がPFASと因果関係があると仮定した結果であり、バイデン前政権の環境重視政策の一環である。
欧州でも同様の動きが見られる。欧州食品安全機関(EFSA)は20年、PFASのうちPFOA、PFOS、PFNA、PFHxSの4種類について、耐容週間摂取量(TWI)を4.4ng/kg体重/週と設定した。これは、疫学研究での免疫抑制作用に因果関係を認めたもので、これまでの基準を大幅に見直すものである。
欧米でのこのような厳格な数値設定は、科学的な確実性が完全に得られていない段階でも対策を講ずるという「予防原則」に基づくリスク管理を実施したものである。これには膨大な社会経済コストが必要になるが、にもかかわらず実施した理由は、住民の不安を抑えるための政治的な配慮という名目に隠れた、ポピュリズムの政治である。
