米国で多発するPFAS訴訟
PFAS汚染の広がりを受けて、1万件を超える訴訟が全米で提起されている。訴訟の被告は、PFASを製造してきた3M社、デュポン社とその関連会社であるケマーズ社とコルテバ社などだが、最近はPFAS含有製品を製造したカーペット製造業者や紙製品製造業者、これを販売した小売業者、そしてPFASを含む廃棄物を排出した企業なども被告となっている。
原告側も多様化し、当初は汚染地域住民が中心だったが、現在は汚染された水源の浄化費用やインフラ整備費用を求める公共水道事業者や地方自治体、州政府が大規模訴訟の主要な原告となっている。さらにPFASを含む泡消火剤を使用した消防士や軍関係者、汚染地域に居住し健康被害を訴える個人、さらには製品にPFASが含まれることを表示していなかったことの不当性を主張する消費者なども原告となっている。
請求の内容は多岐にわたり、環境汚染の浄化費用、財産価値の低下、個人の健康被害に対する損害賠償、将来の健康リスクに備えるための医療モニタリング費用の請求、そして製品の安全性に関する虚偽表示等を理由とする消費者保護法違反の主張などが含まれる。
その結果、環境汚染の訴訟では数十億ドル規模の巨額和解が成立している。これは基準値超過などの客観的な汚染データと除染費用の算定を示すことが可能という事情がある。
他方、健康被害訴訟では環境汚染訴訟ほどの進展は見られず、大規模な和解はない。その最大の障壁は、法的な因果関係の証明である。原告は、PFASがその疾患を引き起こす能力があるという一般的因果関係と、自身の疾患の原因が確実にPFASであるという個別的因果関係の両方を立証する必要がある。
一般的因果関係の立証には疫学研究が重要な役割を果たすのだが、そこには前述のような多くの問題があり、証明が困難なことが多い。また、もし一般的因果関係が証明されたとしても、それは集団レベルの関連性であり、個別の因果関係を証明するものではない。これを証明するためには専門家による個別の調査と診断が必要になるが、これも簡単ではない。これがPFASの健康被害訴訟が少ない理由と言われる。
たばこ訴訟の日米差
化学物質による健康被害に対する訴訟の例としては、原爆による放射能被爆、有機水銀による水俣病、カドミウムによるイタイイタイ病、アスベストによる中脾腫など多くの例がある。これらの例では最初に一般的因果関係が証明され、続いて専門家による個別審査により個別的因果関係の判断が行われ、そのうえで被害者として認定されている。これらの例は特異的な症状を引き起こす点で共通している。
裁判の判決の状況を見ると、日米で大きな違いがある例がある。その一つがたばこ訴訟である。
日本のたばこ訴訟では個人の被害と喫煙の因果関係が認められず、認められても喫煙は個人の自己責任という理由で、原告敗訴が続いている。他方、米国ではたばこ企業が敗訴して高額の懲罰的賠償金を支払っている。この違いには、米国の陪審員制度が大きく影響している。
陪審員は、法律の専門家ではない一般市民で構成されるため、科学的証拠を評価する際に、専門家の証言の分かりにくさへのいら立ち、隠ぺいなどの企業の不正行為に対する道義的な怒り、健康被害がある原告への共感といった感情的・倫理的側面に影響されやすく、因果関係については被害者寄りの判定をする傾向があることが指摘されている。
他方、日本の民事訴訟は、原則として、職業裁判官のみによって審理・判断される。日本にも裁判員制度が存在するが、これは刑事裁判だけであり、たばこ訴訟のような民事訴訟には適用されない。裁判官は法律の専門家であり、判例や法解釈に基づき、より厳格な個別的因果関係の証明を求める傾向がある。
