2025年12月5日(金)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2025年5月19日

「パワハラ」問題の本質は旧態依然の会社組織

 一方で、コンプライアンスと言えば、いわゆるハラスメント問題の拡大解釈が企業内の人間関係や組織形成を阻害している。強めに指導すると「パワハラ」だと言われ、気を遣いすぎると「それでは成長できない。ホワイトハラスメントだ」と言われるなど問題は複雑化している。

 このハラスメントの問題についても、形式主義が問題で柔軟にすればいいとか、過敏になるのをやめて、強い指導を「合法化」すればいいというような意見もあるようだが、違うと思う。ハラスメントの問題は、実は雇用制度の根本に問題がある。これが二つ目の制度がすでに時代遅れとなって機能していないケースである。

 現代のビジネス社会で、どうしてハラスメントが問題になるのかというと、日本もようやく老若男女、またその他の属性にかかわらず誰もがお互いの尊厳を認める社会になったからだ。全て人間は対等であり、お互いをリスペクトする。これが社会の根本原理となった。遅きに逸した感じもなくはないが、何はともあれ実現している。

 問題は、この対等な関係性ということと、日本の企業風土がミスマッチを起こしているということだ。まず、多くの企業では総合職正社員というのは、今でも新卒一括採用されて年功序列のシステムに組み入られる。そして1年でも入社年次の早い社員は、先輩ということになる。また、管理職や経営幹部は過去の成功を基準に昇進し、そのために機能としての管理監督ではなく、全人格的な権威と権力の行使を許される。

 このヒエラルキーが残っている限り、対等な関係性というのは実現できない。さらに、今でも日本は理系の技術職を除き、大学や大学院での教育訓練の結果を企業はほとんど評価しない。そこで、社内における教育によって社員にスキルを身につけさせるようにしている。完成された業務外の研修もあるかもしれないが、多くの場合はオンザジョブトレーニング(OJT)となる。

 その場合に、指導の多くは過去の経験則の継承が主となる。また、管理監督権限のある人物が指導者になることも多い。

 そうなると、指導を受ける新入社員はほぼ全人格的な支配と矯正を受ける。そのような種類の社内教育がまかり通っている。ジョブ型雇用といって、職種を固定する試みも始まっているが、それでも大学教育の成果を企業は認めず、独自の教育で専門職を養成しようとするから問題は改善しない。

 そもそも変化の早い現代において、過去の経験則の継承が主では世界にどんどん遅れることになる。また業種独自の専門ノウハウはともかく、総務経理人事などの間接部門、ITやマーケティング、営業管理に生産管理といった職種の場合は世界中でデジタルトランスフォーメーション(DX)が日進月歩であり、同時に標準化や簡素化も猛烈なスピードで進んでいる。にもかかわらず、企業が過去の経験則を中心とした自己流のノウハウを後生大事に継承していては、競争に勝てない。

 そんな中で、上意下達のヒエラルキーを維持しつつ、まるでうるさい親方が職人芸を伝承するように全人格的な支配と指導を続けていては、若手の定着など全く不可能と知るべきだ。制度として、大学教育を最先端の実務型に変革し、若者が既に労働市場における競争力を得てから社会に入ってくるようにしなければ、競争にも負けるし、非対称で不健全な上下関係を清算することはできないであろう。

 人事制度の根幹に問題があることに気づかず、閉ざされた総合職正社員のコミュニティを維持することがまず問題だ。その中で、パワハラにならないようストレスを溜める先輩と、旧態依然とした組織に絶望する若者がお互いに消耗している姿は、それ自体が生産性の敵と言える。

 形式主義の問題にせよ、ハラスメントの問題にせよ、コンプライアンスの問題は意識過剰だからいけないのではない。どちらもコンプライアンスという問題が誤解され、全く本質とかけ離れたところで語られているところに問題がある。

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