高度経済成長期につくられたイメージ
―― テレビの花登筺(こばこ)作の『番頭はんと丁稚どん』、ラジオで10年以上放送された長沖一(まこと)作の『お父さんはお人好し』は、大阪弁のやり取りが全国規模のお笑い番組となり、大阪と「おもろい」を結びつけた?
「花登は、山崎と違って船場の丁稚に注目し、そこに銭金への執着を絡ませたので、笑いに繋がりました。また丁稚の出世願望は、高度経済成長期に大阪へ流入した若い労働者たちの願望ともマッチしていましたから、彼らの支持を得ることもできました」
花菱アチャコと浪花千栄子の『お父さんはお人好し』は、夫婦漫才めいた掛け合いによるたわいない家庭喜劇だが、時代状況に後押しされたのだろう、「等身大の民主主義」(池内紀)と高く評価された。
―― 都市イメージは、京都は長年「都」だったので「イケズ」「冷たい」「上から目線」などがありますが、あとの都市は福岡、名古屋、仙台、札幌など特にないですね。港町の神戸、横浜が「おしゃれ」「国際的」くらい。となると、大阪イメージだけが突出している?
「大阪は、ラジオ・テレビ・新聞などの在阪メディアが戦後非常に早くできて活動も活発でした。そこへ関西出身の芸能人・文化人が一斉に出演した。東京に次ぐ全国2番目の位置ですが3番以下を圧倒的に引き離しています。だから、2番なりのイメージを打ち出しておかないと、影が薄れる恐れもありました」
そして「大阪らしさ」として挙げられたのが、気やすさ、庶民性、お笑い好き、おしゃべり、けち、がめつい、食いしんぼ、泥くささ、派手好み、好色、下品さ、せっかち、裸の付き合い、中小企業、やくざ……。
―― でも、「実態に即していない」という声も多いですよね。「いわゆる大阪らしさが、大阪のイメージを歪めている」とか?
「実態は全然違うと思います。がめつい人やど根性の人は全国各地にいる。しかし、だからといって怒っても仕方ない。所詮、メディアによって作られたイメージですから、どのようにも変えて行けます。でも、“本物の大阪とは何か?” と探す方向よりも、作られた大阪らしさをほぐして、解体して行くこと、そこから見えてくるものを注視する方がいいんじゃないかと、私は考えています」
本書には、ハンガリー人研究者の書いた「英語圏における船場文学研究」という1章があるが、その内容がとても興味深い。
特にクローニンという学者は、「小説の映画化が戦後の大阪イメージの形成に大きな役割を果たした」と指摘している。
―― 映画『暖簾』では時代遅れの父親が最後まで生き残る設定になり、大阪が東京の下に組み込まれます。映画『細雪』も50年版はオープニングが大阪市立図書館や市役所で、船場から離れた大阪像になっています。織田作之助の『夫婦善哉』も映画化では船場生まれの「ぼんぼん」が荒々しく河内弁をしゃべるよう作り換えられ、船場から河内へと大阪イメージが変化していますね。
「GHQの占領終了後、日本は再び東京一極の中央集権化へと突き進みます。その過程で、大阪内部の地域差は払拭され、大阪らしさが均質化されたんですね。ステレオタイプ化が促された背景とも言えます」
