『現代民俗学入門 身近な風習の秘密を解き明かす』(創元ビジュアル教養+α)は、関西学院大学教授の島村恭則さん(世界民俗学研究センター長)が、21人の若手・中堅研究者と共に身近な67の「不思議」を図解入りで取り上げた現代民俗学の入門書。

昨年3月に刊行して現在約3万部を売り上げ、この種の書物としては珍しい人気だ。
―― 本書の執筆の動機は何でしょうか?
「4年前に『みんなの民俗学』(平凡社新書)を出して現代民俗学とは何かを説明したのですが、中級向けだったので、今回は図入りにして説明もコンパクトにし、高校生も手に取れるような入門書を目指しました」
島村さんによると、民俗学は「学」と称しているものの市民参加型の研究分野であり、過去ばかりでなく現代の最先端のことも扱う日常生活に身近な学問、とのこと。
若い人に読まれている理由
―― なぜ、本書が売れているのでしょう?
「若い人がけっこう読んでいるんですね。なぜかと言えば、SNSのゲームやアニメ関連のものなど、フォークロア(民間伝承)を扱うものがかなり多い。古い時代の痕跡を残す民間伝承は、彼ら若者には身近な異文化なのだと思います。よく知らないけど、どこか懐かしい。それが身近な不思議の再発見につながるのではないでしょうか。ネットでVチューバー、ユーチューバーとして活躍する民俗学ファンの人、少なくないですものね」
冒頭の不思議項目は、〈地鎮祭は何のためにするのか?〉。建築用地に青竹を巡らせ神主が祝詞をささげる地鎮祭は、さ迷っている土地の精霊を神が屈服させ、新たに「地主神」として祀るために行う儀式、とされる。
年中行事のお年玉の項目、〈お年玉、ルーツは神からもらう「魂」だった〉では、生命力の源の魂は時間が経つと古くなるので、正月の年神様から新しい魂をもらうことがルーツとする。今はお金だが、かつては餅(もち)が玉、つまり「魂」だったのだ。
―― 日本人特有のアニミズム的な宗教心を感じますね。万物に霊魂が宿り、人間の魂も強化、再生、分配できる。神様を呼んだり送ったり共食したり。地域の氏神(産土神)の他に年神、田の神、山の神とたくさんあって、天神、八幡、お稲荷さんも拝む?
「民俗学は、不可解な霊魂、霊力、神を解き明かす作業をやってきました。その理由は、明治に近代の科学的合理主義が入ってくる以前、西欧ではキリスト教ですが日本では、仏教や神道とともに、一般の人々を支配していたのが不合理な民間信仰だったからです。民間信仰を深掘りすると、霊魂や霊力が見えてきます。だからそこを対象としました」
人は誰でも死ぬ。この理不尽な死を受け止めるための儀礼が葬儀(お葬式)である。
〈お葬式〉の項目では、門前に関係者の花輪を飾る自宅での葬儀や、家から墓地まで遺族や近所の人たちが列を作って遺体を運んだついこの間までの葬列の光景が描かれている。そして葬儀とは、自然現象としての死を、社会的、文化的な死へ変換する装置だ、と。
―― 本書の見開きはそこまでですけれど、現代の都市の葬儀はタイパ、コスパ意識が進み、ますます質素、シンプルになっていますよね。葬儀をしない直葬も多いし、家に仏壇のない家族も増えています。この問題はどう思いますか?
「分量の関係で割愛しましたが、現在が日本人の死生観の変革期であることは確かです。山田慎也・土居浩編『無縁社会の葬儀と墓―死者との過去・現在・未来』(吉川弘文館)など専門の研究書もたくさんあります」
島村さんは、そう前置きした上で「日本には遺体を重視しない文化もあった」と話す。
古墳時代も、為政者や豪族は勇壮な古墳に葬られたが、一般庶民には墓などなかった。村外れ、谷間、山の麓、川などに打ち捨てられた。社会階層による遺体の取り扱いの格差は長く続いた。南西諸島などでは、ついこの間まで風葬をやっていた地区さえあったと言う。
「つまり葬儀の仕方は時代により多様でした。今の都市の簡素な葬儀の有り様も、そんな多様性の一つかも知れません」
〈結納はなんのためにするのか?〉という項もある。語源は「ユイノモノ」、両家が婚姻関係を結ぶための共同で飲食する酒・肴を指す語だった、と。農作業の相互扶助「ユイ」から発し、結納品は両家の繁栄と良縁を祝う縁起物(勝男武士、寿留女など)になった。
―― しかし辞書(『ハイブリッド新辞林』)では、婚約成立で男方から女方へ渡す金品のこと、また女方からのその返礼、とありますけど?
「その辞書の執筆担当者は、結納の際に贈答される金品に絞った記述をしていますが、私ならば、昔は結婚の第一段階が妻方に通って半同棲で、やがて結婚式を経て妻が夫方に引き移り本格的な家族生活になりますから、最初の半同棲の開始前の挨拶とするでしょうね」