トランプ懐柔に執着したNATO首脳会議
欧州全体としてその防衛体制の今後はまだまだ心もとないのが現実だ。こうした流れでの中で行われたのが、先日のNATO首脳会議であった。欧州加盟国が国内総生産(GDP)5%を防衛費とすることで合意、短い首脳宣言を採択して閉幕した。
この首脳会議は全体としてトランプ旋風に欧州諸国が屈服した印象を強くした。ルッテNATO事務総長はじめ主催者側の気の遣いようは相当のものであった。
トランプ大統領の予期せぬ爆弾発言が出ないように、全体会議は一回だけ、国王主催の全体晩餐会も一度だけだった。それに首脳陣のうちでトランプだけがオランダ国王の宮殿、ハウステンボス王室公邸での宿泊の栄誉に浴した。まるで腫物に触るようなトランプへの対応だった。
トランプ大統領との関係が揺れているウクライナのゼレンスキー大統領の会議参加はなく、両者の個別の会談では、ゼレンスキー大統領が、パトリオット・システム購入の意向を伝えたが、米大統領は「自分たち自身もパトリオットミサイルを必要としているし、イスラエルにも供給している」「考えてみる」という出し渋りともとれる反応だったとも伝えられた。新たな軍事援助提供の確約はなかった。米国からのウクライナ軍事支援は滞っていたが、11日には再開したと伝えられた。
折からのトランプ高関税政策をめぐる摩擦を前に、防衛費をめぐる問題でさらにトランプ大統領とのトラブルは避けたい。各国首脳の思惑はそこにあったのではないか。
その意味では防衛費の各国5%枠ヘの拡大という今回のNATO首脳会議の「最大の成果」は見せかけの妥協の合意にすぎない。実際には防衛費増大は35年までにGDPの3.5%を防衛費に充てる予定というのが正しい。しかし米国大統領が5%増を執拗に要求するので、欧州加盟国は防衛関連の警察・司法・産業インフラ(橋梁、道路、サイバーネットワークなど)部門の費用を「防衛」支出として組み入れることで残りの1.5%追加分を上積みして、5%増の形を作った。
つまり今後十年先の見通しは明らかではないが、とりあえず目標としての合意の成立が何よりも優先された形だった。
一連の欧州側の反応に対して辛口の論評で知られる仏『ルモンド紙』の論説担当のカウフマンは、トランプ大統領の「軽蔑的で憎悪を隠そうとしない欧州とEUに対する姿勢」に迎合するルッテ事務総長はじめ各国首脳の姿勢を揶揄する。しかし欧州には正面から米国との対決をするだけの余裕はない。
ロシアの脅威増大と多極時代の欧州の苦衷
その第一の直接的な理由は、欧州各国が総じてロシアの脅威を強くしていることとそれに対抗するだけの能力がないことだ。そして今EUは再軍備を進めようと躍起だ(「欧州分裂の危機!?ウクライナ支援と「EU再軍備」のかけ声も足並み揃わない各国、防衛産業でつばぜり合いも」)。
とくに昨年11月21日、ロシアがウクライナ東部のドニプロ市の工場に向けた中距離弾道ミサイル(IRBM)「オレシュニク」による攻撃は大きな衝撃を与えた。ロシア側は、ウクライナが米製ATACMS長距離ミサイルと英国製ストームシャドウミサイルをロシア領に複数回打ち込んできたことをこの攻撃の理由とした。
しかしトランプ政権になってからは、米国の対ロシア姿勢は消極化している。このロシアの中距離ミサイル攻撃が、最近のドイツの防衛予算枠上限撤廃や欧州諸国の軍備強化・ウクライナ防衛支援の大きな刺激となったことは確かだが、トランプ大統領の姿勢は明確ではない。
例えば、ドイツのウエスバーデン基地での今後のトランプ政権の処遇が試金石のひとつともいえる。21年以降、戦略的要衝となるこの基地は、米軍の「多角的任務部隊」が欧州で唯一配備されている基地だ。この部隊は、指揮能力(空、陸、海、宇宙、サイバー)、地対空防衛能力、長距離精密攻撃システムを組み合わせた最先端の部隊群である。
