2025年12月5日(金)

世界の記述

2025年7月14日

 訪英中のフランスのマクロン統領と英国のスターマー⾸相が、英仏両国保有の核兵器を今後「統合運⽤」することで合意し、ロシアの脅威に備えて核兵器を含む防衛協⼒における「核分野でのパートナーシップ」宣⾔に調印した。

イギリスのスターマー首相(左)とフランスのマクロン大統領が核兵器の「統合運用」に合意した(ロイター/アフロ)

 いうまでもなく、欧州連合(EU)加盟国の中で核兵器を持つのは英仏両国だけ。そこで欧州防衛統合のためとリーダーシップを発揮するためにフランスは、欧州防衛のために自国の核兵力を抑止力として用いることを再三提言してきていた。冷戦終結後の1995年に誕生したシラク大統領がそれを強調したが、各国の同意は得られなかった。実質的に欧州防衛でのフランスのイニシアティブを認めることになるからだ。

 しかしここにきてロシアの脅威の高まりとトランプ大統領が欧州からの米軍撤退姿勢をちらつかせる中、欧州防衛統合機運が強まっており、それが英仏の歩み寄りを促し、初めて両国の核兵器共有の段階にまで発展した。合意文書には「核⼼的利益が潜在敵の脅威にさらされたときには、両国の核兵器を用いて対応する」ことが強調され、いわば「抑止力の統合」の合意が成立した。

 核兵器の保有や使⽤は両国の主権の範囲なので、それぞれの国が決定権を持つが、「統合運⽤は可能」と明記した。両⾸脳はこのほか、ウクライナ戦争でも有効な働きをしている巡航ミサイル「ストームシャドー」を追加発注、後継システムの開発を加速させる⽅針を確認。ストームシャドーはロシアと戦うウクライナ軍にも供与される。

 ただ、こうした英仏両国の協力は様々な影響を生むことも想像される。欧州防衛強化についての判断は後で述べるように各国様々だ。そうしたなかで英仏の突出がこれまで以上に明らかになることに対して反発も予想される。この協力がうまく機能する枠組みがどのような形で制度化されていくのか。今後の論点だ。

 また米国トランプ政権の反応も懸念される。フランスの核だけでは欧州独自の抑止力として信頼性は低いが、英仏の協力となると、米国の欧州での軍事的プレゼンスに影響が出る可能性は高い。

 たださえ、欧州での米国の負担軽減を主張しているトランプ政権であるから、英仏核抑止協力を逆手にとって新たな火種を生むことにもなりかねない。英仏はその点も見越して、アメリカの欧州へのコミットメント強化へ議論を向けていこうという魂胆もあるのであろうか。

歴史的争点、米欧同盟の防衛負担

 実はよく理解されていないのだが、北大西洋条約機構(NATO)はもともと英仏が主唱して創設された軍事防衛機関だ。設立が冷戦初期の49年であり、NATO内の防衛装備・システムの主力が米国式、また米国が多額の予算をかけているために米国の発案で発足したように思われがちだが、英仏主導のもとに出発したのが歴史的事実だ(拙書『アメリカとヨーロッパ』中央公論新書2018年)。

 第二次世界大戦終結直後、戦勝国とはいえ英仏は疲弊し、戦後復興に取り組まねばならなかった。英国は歴史的な勢力圏であったトルコ・ギリシャなど地中海地域の戦略的要衝地への支援もできない状態であった。

 それが有名な米国のトルーマン大統領による両国の共産主義勢力に対抗するための英国を肩代わりした支援「トルーマンドクトリン」だった。そのころ英国のベヴィン外相が戦後の米軍の撤退を懸念して米軍をいかにして欧州にとどまらせるかを考えたのである。それに呼応したのが、レジスタンス古参で後に首相となり、極右政治家へと転身していくフランスのビドー外相だった。

 二人は米軍の欧州での軍事的プレゼンスを確保しようと米国に働きかけたのである。歴史的に孤立主義に執着しがちな米国政府を少しでも説得するために、創立式典は米国で行わなければならなかった。米国はしっかりとこの米欧同盟にビルトインされている。その印象を世界に喧伝する必要があった。

 後にマーシャルプランを含めて、米国は自分たちを「(欧州に)招かれた帝国」だという複雑な感情を吐露し始める。伝統共和派の本音の部分だ。トランプの主張はそこに切り込んでいくことを意味した。

 すでに冷戦が一応の落ち着き始めた60年代初め、ケネディ政権は「大西洋共同体」と称して防衛体制再編成を主張し、欧州諸国にNATOで防衛負担を増加(通常兵器強化と予算増)させるように要求、70年代の米国経済の衰退期にはニクソン大統領政権のキッシンジャー国務長官の提唱した「ヨーロッパ年」=「新大西洋共同宣言」も欧州防衛費3%増を要請、80年代には日本を含む西側同盟の「役割・負担分担」の議論が共通の課題となっていった。しかし欧州はこれまでにこの要請を全体としては満たしたことがない。


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