2025年12月5日(金)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2025年8月4日

 米国のトランプ大統領はウクライナ問題への姿勢を転換した。北大西洋条約機構(NATO)経由でウクライナに最新鋭兵器を供給することを約束し、プーチンが戦争を不必要に長引かせていると批判した。

 欧州は国防費を増額し、NATO加盟国は軍事的連携を強化している。どの欧州主要国も制裁を解除したり、ロシアとの貿易を戦前の水準に戻したりする可能性は低い。

 しかしこうした重層的な圧力に直面しても、プーチンはひるむつもりはない。いかなる犠牲を払ってでも勝利を収めるという決意で、ロシア経済を戦争に従属させている。

 ロシア経済は停滞し、インフレ率は高くなり、成長率はますます低下している。クレムリンは最近、景気後退の兆候を認めた。

 こうした事態は、プーチンがこれまでに築いてきた均衡を崩す可能性がある。潜在的な政治的脅威を抑えるため、プーチンは国内政治のバランスを取るという従来のやり方に別れを告げ、戦争にすべてを賭けようとするだろう。ウクライナの西方進出を阻止するために仕掛けた戦争は、逆にウクライナを西方へと押し進める結果をもたらしただけになっている。

 ロシア国内において、プーチンには強制力を行使する上で多くの選択肢がある。これまで強制力を行使してこなかったのは、苦労して築き上げてきた平穏を崩したくなかったからだ。しかし今後は暗黙の独裁政権を、恐ろしいほどの政治的特権と際限のない地政学的欲求を備えた本格的な独裁政権に変えることになるかも知れない。

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まだ、トランプは「転換」していない

 プーチンがウクライナにおいて勝てない戦争を続けていられるのは、国内の締め付けを強化する一方で、人的・物的資源に対する国民の負担を一定限度に抑えることができているからである。この状態を本論説の著者は「均衡状態」と呼んでいる。

 ところが、勝利を得られない状態が長引く中で、プーチンは勝つことをすべてに優先して、国民負担の許容レベルを超えることも辞さず独裁を一層強化し、かくしてロシアの「均衡状態」は崩れていく、というのが著者の見立てである。プーチンの発想やロシア社会の現状を正しくとらえており、今後ロシアにおいて起こり得る事態の大きな流れとして、正鵠を射た見方であると考えられる。

 そのうえで、政策論としては、上記論説のプロセスが進展するためには「重層的な圧力」が持続性をもち、必要であれば強化されていくことが不可欠である。この関連で、目下のところ最も懸念されるのがトランプのロシアに対する姿勢であり、「トランプ大統領はウクライナ問題への姿勢を転換した」とまで言い切るのは時期尚早であるように思われる。


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