2025年12月5日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2025年8月31日

イランの南西部のリトル・アメリカにはパンナム事務所もあった

 筆者は1990年前後に何度も滞在したイラン南西部の油田地帯の町アフワズを思い出した。1979年のイラン革命以前はイランの石油産業は主に米国系石油会社が権益を握り操業していた。油田地帯の中心都市アフワズにはリトル・アメリカがあった。

 全ての米国や外国の権益と施設を強制接収した革命イラン政府は石油ガス産業を国営イラン石油会社(NIOC)傘下置いた。筆者がアフワズのNIOCオフィスを訪問したときNIOCの人の良さそうなイラン人マネージャーは総務部の壁に残っていたパンナムの古びたポスターを指して「革命前はアフワズと米国間にパンナムの直行便があってアメリカ人家族は年に数回の休暇では会社からフリーチケットを支給された」と語った。

 さらに「アメリカ人住宅街にはアメリカのスーパーマーケットがあり専用映画館ではハリウッドの最新作が先行上映されていた。もちろんイラン人従業員も利用できたし、なにより給料が良かったので我々もハッピーだった」と暗に革命後の待遇悪化を嘆いた。

 昨今のイランと米国の殺伐とした関係を考えると感慨深いアフワズの記憶である。

銅鉱山の労働組合員(=正規労働者)は特権階級なのか

 帰路ガイドの話を聞くとカラマ市は人口約20万人の鉱山城下町。チュキカマタ銅鉱山の従業員は1万2000人。うち8000人が坑内労働者。CODELCOの労働組合は産業別労働組合であるが職能別に5つの組合が傘下にあるという。カラマのCODELCO事務所の傍らにシンジケートNo.5の建物があったことを思い出した。

 鉱山労働者の待遇を尋ねるとガイドは得意げに労働組合員(=正社員=正規労働者)の特典を列挙した:

① 労働組合員はCODELCO病院にて無償で医療を受けることができる

② 有給休暇取得も保証されている

③ 数年に一度の特別ボーナス(一時金)の支給がある。ちなみに昨年支給された一時金は平均で2400万ペソ(360万円:現在のレートのチリ・ペソ=0.15円で換算)

④ 格安の家賃で従業員アパートに住める

⑤ 会社から低利で融資を受けられる

 筆者がカラマで見聞した組合員の平均像は会社が提供する広い高級アパートに住んで休日にはピカピカの自家用車に乗って家族で買い物に出かけレストランで外食するという労働貴族であった。

 カラマの街角で地図を見ながらホステルを探していたら新車のトヨタのSUVに奥さん、子供ふたりを乗せた逞しい男性から声をかけられた。拙いスペイン語でホステルのアドレスを伝えると英語で道順を教えてくれた。送って行くから乗ってくれとドアを開けたが近いので丁重に断った。仕事は銅鉱山関係か尋ねると「チュキカマタ銅鉱山の鉱山労働者(minero)だ」と誇らしげに答えた。

公立診療所で朝から診療開始前に並んでいる人々。医療保険が適用される病 院では自己負担は7%とのこと。設備の整った公立病院には泊りがけで農村部から受診 にくる。チリは日本同様の国民皆保険制度が早くから整った国。最新設備のCODEL CO病院で待ち時間なく診療を受けられるのは特権であろう

高校卒業証書(diploma)は労働貴族への第一歩

 チリ南部のコンセプシオン市の近郊の町からカラマに出稼ぎに来た料理人によると鉱山城下町のカラマの平均所得は全国一とのこと。次が銅輸出港のアントファガスタ。従いチリ国内はおろかペルー、コロンビア、ボリビアなど近隣諸国からも出稼ぎ目的でカラマに集まってくる。彼らはCODELCOなど鉱山会社の下請け企業や更に孫請けの仕事に就くという。臨時雇いが大半でせいぜい1年契約らしい。

 鉱山会社の正社員(=正規労働者=組合員)になるには高卒資格が最低条件という。筆者の印象では南米は日本など比較にならないくらい厳しい学歴社会だ。高校では成績不良だと卒業できないし落第も多い。それゆえ高校を優秀な正規で卒業して厳重な選抜を経て鉱山会社の正規労働者になりキャリアを積んで初めて労働貴族の生活が得られるのだ。

鉱山会社の組合員から路上生活者に至る労働者のヒエラルキー

 銅鉱山城下町のカラマの宿泊料金はチリでは断トツに高かった。二段ベッドのホステルでも一泊2300円。町なかの安宿を片っ端から半日ほど探し回ったが結局2300円が最安値だった。二十軒以上チェックして高値の理由が見えてきた。ある程度部屋数がある宿泊施設は鉱山下請け会社が契約工や臨時工のために長期契約で抑えているのだ。半数の宿で一般客は受け付けないと断られた。また職探しをしている連中や失業した労働者が安宿に溢れているのだ。彼らの身なりや表情から労働者ヒエラルキーの下位の悲哀を感じた。

 そして安宿の宿賃すら払えない最下層の人々は公園や道端で路上生活している。カラマは全国一平均所得が高いというが、あくまで平均値であり多数の路上生活が職を求めている。

 日本でも正規労働者と非正規労働者の格差問題が政治課題として取り上げられるようになったが、このまま手をこまねいて放置しておけばチリの銅鉱山のような“労働者ヒエラルキー”が形成されるのではないか。

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