2025年12月5日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2025年8月24日

(2025.2.9~5.9 89日間 総費用66万7000円〈航空券含む〉)

チリ・サーモンが買えない地元民、チリの重要産品を買い占める中国

 3月10日。プエルトモントのホステルの女将エリーは「地元名産のチリ・サーモンが中国人の買い占めでどんどん値上がりして上等のサーモンが買えなくなった。銅もワインも何もかも中国はチリの最大のお得意様だから誰も文句は言えない」と嘆いた。

 チリの輸出先は中国40%、米国16%、日本8%、韓国6%、ブラジル5%であり中国が断トツ。輸入先は中国24%、米国21%、ブラジル10% など。チリの輸出の半分を占める銅は中国が最大の輸出先。リチウム、ワイン、チェリー、ぶどう等も中国向けがトップだ。

プエルトモント近郊のアンヘルモ漁港。この近辺にチリ・サーモン養殖場が 散在している。当初は日本の技術と資金でスタートしたサーモン養殖であるが

社会主義者でも軍事独裁者でもチリとの関係強化を図る中国の深謀遠慮

 チリは共産中国とは深い因縁がある。1970年チリのアジェンデ社会主義政権は南北アメリカ大陸で最初に中国を承認した。翌1971年に中国が国連の代表権を得て台湾が国連脱退した。

 1973年チリではクーデターによりピノチェト軍事独裁政権が誕生して1989年まで独裁体制が継続するが、中国はイデオロギー的には真逆のピノチェト政権に対して積極的に経済交流を図った。

 2005年に中国とFTC締結、2012年に中国はチリを戦略的パートナーに格上げ、2016年には包括的戦略パートナーに。そして2019年にはチリは一帯一路構想に加盟し中国が主導するAIIB(アジアインフラ投資銀行)に参加。中国とのFTC締結後の2007年には従来チリの最大の貿易相手だった米国を抜いて中国が最大の貿易相手国となった。

中東問題で忙殺される米国の間隙を突いた中国

 2001年の同時多発テロ事件以降米国はアフガン侵攻さらに第2次湾岸戦争でイラク侵攻。戦争は2003年には終結したがアフガン、イラクにイスラム過激派が跋扈して米軍が2021年にアフガンから撤退するまで20年を費やした。こうして米国が中東問題に忙殺されている間に中国は粛々と中南米地域での権益確保の地ならしをしていたのだ。

 同時に2000年代初頭は南米ではアルゼンチン、ボリビア、ブラジル、エクアドル、ベネズエラなどで反米左派政権が続々誕生した。いわゆる“ピンクの潮流の時代”であった。チリも中道左派政権だった。それゆえ米国も南米へ積極的にアプローチしなかったのであろう。

 2005年にはチリ国営銅会社(Corporacion Nacional del Cobre de Chile-=CODELCO)に中国企業が5億5000万ドルを前払いして価格の交渉権を獲得。市場より有利な価格が保証された。銅輸出港のアントファガスタで聞いた話では今年はトランプ関税で米国向け輸出が減る分を中国が輸入できるので中国は“漁夫の利”であるという。

 チリは世界最大のリチウム埋蔵量を誇るが2018年には中国企業がチリのリチウム会社の株式の25%を取得。2023年電気自動車大手のBYDはアントファガスタでのリチウム精錬事業の認可を受けた。注)その後国際リチウム価格の暴落を受けて2025年に断念。

 2019年には中国企業がパタゴニアでサーモンを養殖する水産会社を買収して中国による市場支配力を高めた。

 インフラ建設分野では2020年以降中国企業は高速道路、サンチアゴ市内地下鉄、国立病院などを矢継ぎ早に受注している。中国系電力会社はチリの電力会社の株式を次々に取得して、信じられないことだがチリの総発電量の54%は中国系企業の支配下にあるという。

チリ国営銅鉱山会社CODELCOが誇る世界最大の露天掘り『チュキカマタ銅鉱 山』

デジタル分野もホアウェイ(華為)、シャオミー(小米)が席捲

 チリの携帯電話会社MOVISTAR、WOM、CLAROへはホアウェイがスマホを供給、シャオミーも販売網を全国展開している。ホアウェイは5Gネットワークも席捲し、さらにチリ南部のフィヨルド地帯の都市を結ぶ海底ケーブルを敷設。

 電力や通信というクリティカルなインフラを中国企業に委ねても国家の経済安全保障に影響がないと歴代チリ政府は考えていたのだろうか。ちなみに現職ボリッチ大統領はガチガチの左翼であり大統領選で「チリを新自由主義の墓場にする」と訴え大統領就任後一番に訪中して一帯一路10周年式典に参加した親中派である。

 筆者には歴代チリ政府の対応が些か不可解である。日本でも民営化ブームの時代に地方の経営悪化した公共水道事業を外国企業に売却することは経済安全保障に問題ないか議論されたことがあった。

 チリでは1970~1973年のアジェンダ社会主義政権下で急速な国有化を推進し国有企業はGDPの4割を占めた。その後新自由主義を採用したピノチェト軍事政権下で国有企業の民営化を進めた。民政移管後の政権でも右派・左派を問わず基本的に民営化を是としてきた。やはりアジェンダ政権の過激な国有化がチリではトラウマとなっているのだろうか。民間企業となった電力会社や通信会社は“資本の論理”に従い中国系企業相手でも構わず利益優先でディールしてきたため中国企業の席捲を許すような現状になっているのだろうか。

アルゼンチンの金融センターに聳える中国工商銀行ビル

運河越しに燦然と聳える中国工商銀行本部ビル

 ブエノスアイレスのプエルト・マデーロ地区には近代的高層ビルが立ち並んでいるが中でも目を引くのが中国工商銀行(ICBC)本部ビルである。運河を背景に斬新なデザインの高層ビルに大きくICBCのロゴが見える。ICBCから運河沿いの遊歩道を500メートルほど南下すると中国銀行ビルがある。

 中国工商銀行は法人営業のみならずリテール事業も大規模展開してアルゼンチン国内に支店網を設け個人口座も100万以上という。そして人民元建て口座も開設している。

 アルゼンチンの貿易相手国は第1位が隣国ブラジル、2位が中国、3位が米国。主要産品の大豆、牛肉は中国が最大のお得意様だ。2024年は大豆、リチウムの対中輸出が大幅増加して貿易収支に寄与。ちなみにアルゼンチンはリチウムの埋蔵量はチリ、中国についで世界第3位。

 ブラジル、アルゼンチン、チリ、ペルーなど鉱物資源・農産物が豊富な南米諸国は過去10年で対中輸出が2倍以上増加している。他方で対米輸出は横ばい又は微増である。2025年には米国向けはトランプ関税の影響で減少は免れないが減少分は中国向け輸出増でカバーしたいというのが南米諸国の思惑である。

 中国のアルゼンチンへの直接投資は累計30億ドル以上。ミレイ大統領就任後の2024年6月に中国は1300億人民元(=180億ドル)の通貨スワップをアルゼンチンと締結した。通貨不安・外貨不足が気がかりなアルゼンチンを支えているのは国際通貨基金と中国なのだ。さらに中国工商銀行を筆頭に中国の銀行団は総額170億ドルの商業ローンをアルゼンチンに供与している。

 ミレイ大統領はトランプ大統領と親密で米国を“最大の同盟国”と呼んでいるが共産党嫌いのミレイ大統領も“政経分離”して中国の経済力に頼らざるを得ない。2024年11月のリオデジャネイロで開催されたG20でミレイ大統領は習近平主席と満面の微笑みを浮かべて会談したのだろう。


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