2025年12月5日(金)

古希バックパッカー海外放浪記

2025年8月10日

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民主的選挙で成立した社会主義政権をクーデターで倒した独裁者ピノチェト

 半世紀以上も昔のことである。南米チリで1970年に世界史上初の民主的自由選挙で選ばれた社会主義政権が誕生した。スペインのバスク地方の移民の家系の医師でマルクス主義者の政治家サルバトール・アジェンデが大統領に当選した。

バルパライソの道端の屋台の古本屋で売られていた本の表紙の政治家サルバ トール・アジェンデの横顔。左派を代表する議員として若くして頭角を現し戦後3回大 統領選に挑み4回目で当選した。根っからのマルキストである

 鉱山、大企業、金融機関、運輸業など急進的国有化を進め、農業分野でも大農園から土地を収用して国有化。外資排除を進め外国企業を接収して国有化。他方で最低賃金を引き上げ、公務員・国有企業従業員の賃上げを実施。同時に社会福祉予算を倍増させた。こうした急激な社会主義経済の導入は生産活動の停滞、生活必需品の不足、インフレの激化、失業率の上昇を招いた。国家財政は破綻し対外債務不履行を宣言するに至り社会不安が広がった。

 1973年米国の支援を受けたピノチェト将軍(注:チリ人はピノシェトと発音する)は軍事クーデターを起こしアジェンデ大統領は反乱軍に囲まれ大統領府で自殺。その後ピノチェト将軍は新自由主義経済を採用し外資導入と国営企業の民営化を進め経済は安定し社会不安は収まった。政権は新自由主義を主導した著名な経済学者ミルトン・フリードマンのシカゴ大学から多数の経済専門家を招聘した。フリードマンはピノチェト政権の成功を“チリの奇跡”と賞賛したという。

サンチアゴ中心部にあるモネダ宮殿(大統領府)。この執務室でアジェンダ 大統領は非業の死を遂げた

1970年代の日本及び西欧諸国の反応

 社会主義政権成立から軍事独裁政権に移行する時代は筆者の高校・大学時代である。当時の日本の新聞やテレビの報道や知識人・専門家の論評はアジェンデを世界の新思潮を代表する英雄として持ち上げ、ピノチェト将軍を“米国帝国主義”と“米国大資本”の傀儡として反動的非人道的独裁者として酷評していたことを思い出す。アジェンデ政権の失政やピノチェト政権での経済回復を指摘するような報道・論評は一切なかったと記憶している。ピノチェト政権下での左派活動家への人権侵害、旧アジェンデ政権支持者への弾圧が報道されていた。

『民主主義・労働者農民大衆が絶対正義であり民主主義が進化した理想の政治体制が社会主義である。他方で資本家・大企業は悪であり資本主義が生み出す貧富の格差は階級闘争により克服され最終的に社会主義国家が誕生する』というようなマルクス史観がマスコミや評論家など進歩的知識人の間では広く共有されていた時代だったように筆者は記憶している。当時から半世紀を経てチリに行くまでは筆者の理解も当時の日本の報道のままであった。

ピノチェト軍事政権時代を評価する人々と批判する人

 3月2日。チリの最南端マゼラン海峡に面するプンタアレーナス。30代半ばのチリ人の電力会社の技師。現代人は一般的に左翼に批判的でピノチェト政権時代を評価するチリ人は少なくないという。彼によるとチリの政治は左派と右派の対立の歴史であるという。

 1930年代にスペインで人民戦線内閣が成立して軍部・カトリック教会・地主など右派勢力と対立してスペイン内戦となった。技師によるとアルゼンチンでも当時左派勢力が台頭して人民戦線政府が政権を握ったという。調べてみると若き日のアジェンデは人民戦線内閣で厚生労働大臣として社会福祉制度創設に貢献したようだ。

 3月8日。プエルトモントのホステルの女将エリー49歳。「アジェンダ政権時代は知らないがピノチェト政権時代は社会が平和で安定していた。共産主義者(comunista)は信用できない、早く保守政権に代わって欲しい。ピノチェト政権の後は20年間中道左派政権が続いたけど、2010年に就任したピノチェト派のビニュエラ政権時代が最良だった。

 左派を支持しているのは一部の狂信的マルキストとリベラルぶった学者だけ。アルゼンチンのミレイ大統領は素晴らしい。現在のホリッジ左派政権下で経済は振るわず治安悪化で凶悪犯罪のニュースばかり。先週もサンチアゴでフランス人観光客が殺された。ベネズエラやコロンビアからの移民が社会を不安にさせている。昨夜もベネズエラの連中が通りで騒いでいた」と左派政治を酷評。

 3月9日。プエルトモントのホステルの朝食で30歳の元サッカー選手はピノチェト時代を自由がなかったと批判。「アジェンデ政権が継続していればチリは変わったはずだ。現政権下で治安が悪化して殺人件数が増加。一部の金持ちが社会を支配して中間層は少数。大多数の貧困層の不満が治安悪化の背景にある」と分析。

最高学府チリ大学政治科学部のエリート学生の客観的分析

 3月28日。チリの歴代大統領はピノチェト将軍など若干の例外を除いて全てチリ大学出身者である。政治科学部の学生のミゲル君はピノチェト政権の治安維持強化と新自由主義経済政策は資本家、大企業経営者のみならず広範な中小企業者、自営業者から歓迎された。そして生活必需品不足、インフレ、失業に苦しむ庶民は経済の安定により恩恵を受けた。庶民が支持したことが16年間もピノチェトが政権を維持できた要因と分析した。

 ミゲル君は議会の3分の2は右派が占めており次期大統領は右派が政権を握ると予想。学生運動家出身の現職ホリッジ大統領は経験不足であり国民の左派への信頼がない。労働組合(sindicato)は政治的影響力が弱く労働者も期待していないと分析。

チリの詩人・作家でノーベル文学賞を受賞したパブロ・ネルーダの私邸。彼 はアジェンダの盟友でありアジェンダからフランス大使に任命された。アジェンダの死 の数日後に病死しているが他殺説もある

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