湯島聖堂では、タイプII(巻き込み)が最も多く、次いで、損傷なしのタイプVが多い結果となった(ただし1.5m以上の位置に損傷がある木もある)。またタイプII、III,Vの「混合型」もあり、樹木の成長につれ、幹と枝の癒着が進み、より複雑な形状になることが示唆された。
「歴史の証人」として生かす道を
「たとえ大きな損傷を受けた樹木であっても、回復成長によって倒木の危険性が高くないことをわかりやすく示すことで、管理者の理解を得ていきたい」と根岸さんは話す。
戦災樹木にはイチョウの他、スダジイやクスノキが多い。特に、生命力の強いイチョウでは、腐朽率の高さと倒壊の危険度は単純には比例しないものと考えられている。診断数を増やし、樹種ごとの回復状態、生存率についても検証を重ねることが今後の課題となるが、現状の方法では1つの断面の測定に60分、1本の樹木に180分を要する。
「しかも、この装置が重いんですよ」と根岸さん。機材の搬入なども含め、決して容易な作業ではない。人手や資金的な理由からも、診断できる樹木数には限りある。地道な活動を続ける一方で、より広く理解を求める必要もありそうだ。個々の管理者への働きかけはもちろん、自治体の協力も不可欠だ。
今年に入り、都内の個人宅にあった1本の戦災樹木が撤去された。所有者から連絡を受け、根岸さんらも立ち会ったそうだ。所在する区に、貴重木として区内に移植し、管理を移行できないか打診したが、叶わなかったという。結局、移植先が見つからないまま、掘り起こしの期限を迎えてしまった。今もその木は、植木業者のバックヤードで保管されている。
もどかしい。その一言に尽きる。戦前から同じ場所に立ち続け、大きな傷を負いながらも着実に回復を遂げてきた戦災樹木。
「我々とは異なる時間軸で歴史を伝え続けてくれる存在が身近にまだ残っている"幸運"に気づいてもらえるよう研究者として日々精進していきたいと思っています。何よりも、我々一人ひとりが、そうしたことや、ものに対する情報への感度を高く持ち続けていくことが、今後の日本の舵取りをする世代にとって必要なことではないかと思います」
※1 根岸尚代, 菅野博貢:音響トモグラフィーによる戦災樹木の非破壊的腐朽診断 ランドスケープ研究, 日本造園学会, 85(5), pp433-438, 2022
※2 Takayo Negishi, Hirotsugu Kanno:Earthquake and War-Damaged Trees in Urban History: Non-Destructive Tree Diagnosis Using Sonic Tomography, Land, 12(10), 1931, 2023

