家庭医の役割
児童精神科医が不足しているのは日本ばかりではない。世界の多くの国々で、発達障害、不登校、摂食障害など、メンタルヘルスの問題を抱える子供が増加しており、専門家への相談や支援のニーズが高まっている。他方、児童精神科医の数や地域での包括的な支援提供体制の整備は遅れており、需給のバランスが大きく崩れている。
米国家庭医学会(American Academy of Family Physicians; AAFP)は、こうした状況に対して「家庭医の役割」を明らかにする声明文を昨年公開した。
そこでは、家庭医がメンタルヘルスの問題に適切に対応できる立場にいること、質の高い専門研修で精神疾患のスクリーニングとケアに対応できる能力が保証されていることを強調して、メンタルヘルス・ケアの基本的な部分をプライマリ・ケアの現場へ統合することを勧めている。
診療所と地域社会において、精神科医、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどと包括的な多職種連携アプローチによる支援体制を構築すること、そして適切な医療基準に沿って行われるオンライン診療の利用拡大にもAAFPは積極的である。
私自身は、世界家庭医機構(WONCA)が行うプライマリ・ケアの現場でのメンタルヘルス・ケアを充実させるプロジェクトに加わっている経験から、家庭医がメンタルヘルス・ケアに取り組むアドバンテージを次のように考えている。
① 患者との継続した人間関係があり、患者の人生観、意向、コンテクストを理解してケアのオプションを提案・相談できる
② 地域のネットワークを動員できる(しばしば顔の見える人間関係がある)
③ 合併する他の健康問題も並行してケアできる(身体疾患と社会的問題も含む)
④ 患者の家族もケアすることができる(実際W.Y.くんの両親にはうつ病のケアが必要だった)
なお、優れたテレビ番組などに与えられる今年のエミー賞でリミテッド・シリーズ部門の作品賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞を受賞した英国制作の『アドレセンス』は、13才の少年が同じ学校に通う少女への殺害容疑で逮捕されたことで、家族が崩壊していく様を描いている。私も最近観たが、SNSなどが蔓延する現代社会での子供のメンタルヘルスの課題を今まで以上に重く受け止めることになった。
従来から、保健医療には身体的、精神的、社会的問題を別個に扱う暗黙の境界線が存在している。精神科医は身体的問題を扱うトレーニングを受けていないし、身体疾患を扱う医師は精神的問題や社会的問題をもつ患者を敬遠しがちだ。
実際には、身体的、精神的、社会的問題を併せ持つ患者の方が多く、その境界線を越えてケアできる立ち位置にいる家庭医の役割は重要である。社会のニーズに応えるために、さらに私たちのケアの質を改善していかなければならない。
