2025年12月14日(日)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2025年12月4日

 製造機械のオペレーションマニュアルを深く理解したうえで、不良品が発生したりエラーメッセージが出たりした場合に、その問題解決を図る仕事だ。場合によっては、電池の背後にある物理学や化学の理解や、外部の専門家とのディスカッションを通じて解決策を探るなど、理系大卒のレベルが要求される。

 配管工や電気工事士にしても、このようなハイテク工場向けのものであれば、使用する水や空気に異物の混入が許されないなど、工事の精度や使用する配管や電線に高品質のものが求められる。施工の水準は高く、納期は厳しい一方で、そうした要求を満たすレベルの仕事には高報酬が期待できる。建築士にしても、環境基準への適合や、木材など自然素材の高度利用など高付加価値の仕事への評価は高い。

 そんな中で、現場で高度な職人仕事を手掛けた後、確立したノウハウを若手に継承しながら、会社組織にして建築や施工の分野で大成功する事例も出てきた。こうしたケースを、ブルーカラー・ビリオネアといって、現在一種のブームになっている。つまり、AIに仕事を奪われつつあるホワイトカラーよりも、現場仕事のブルーカラーの方が将来性はあるというわけだ。

 トランプ大統領は2期目のスタートにあたって、エリート大学への補助金カットを進める際に、その資金は配管工の教育機関に回すというアイディアを披瀝していた。その時は、多くの人が徹底した「アンチ・エリート」のイデオロギー的発言だと受け止めていたが、後から考えれば先見の明があったという見方もできる。そのぐらい、アメリカでは激しい変化が起きている。

日本の〝特殊な〟事情

 では、こうしたホワイトカラーとブルーカラーの逆転劇というのは、日本でも起きてゆくのだろうか? この点に関しては、米国とはかなり事情が異なると考えざるを得ない。

 まず、法務文書の作成、あるいはファイナンシャル・プランニングにしても、日本の場合はAIどころかデジタルトランスフォーメーション(DX)すら十分に進んでいない。それは、コンピューターを活用するにあたって、標準化するという発想が薄いからだ。

 許認可や税務、法務など多くの文書が、紙とハンコに縛られていて、人手による工数を減らせない。さらに言えば、産業別、企業別に法務や会計に関する用語や概念が微妙に違ったりする。また、労務や税務に関しては、各企業が長年にわたって法令のグレーゾーンに関して自社に有利な解釈で運用し、しかもその実態を独特のやり方で隠していたりする。

 そうした結果、せっかく良い会計や労務のソフトが出回っていても、使えなかったり、カスタマイズに膨大な労力を費やしたりしている。

 以上はどちらかと言えば、アドミ(総務経理などの管理部門)中心の話だが、開発や生産、営業などの実働部隊を含めて、全社的に見られるのは、スライドを使った社内におけるプレゼン文化である。こちらも標準化や定型化からは程遠く、1枚に膨大な情報を詰め込み凝りに凝ったスライドを用意することが多い。多くの場合、ファクトに関わる情報は若手が握っているし、管理職がOKを出すまで何度も修正を求められたりする。

日本では、プレゼン資料の作成に労力を割くことも多い(itakayuki/gettyimages)

 そんな中では、悪い意味でホワイトカラーの事務仕事は当面は減りそうもない。せめて、少しでも標準化して汎用のアプリやソフトで効率化ができればという思いを現場は持っているかもしれないが、経営層や管理職にはそのような認識は薄い。リテールや官公庁などでも、AIどころかDXも進まない中で、デジタルを進めれば進めるほど、紙とデジタルの二重対応で事務仕事はかえって増えるという状況すらある。


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