ケネディ長官の憂鬱
このニュースを聞いて、最も頭を抱えているのは、訴訟の原告団でも被告のバイエルでもなく、トランプ政権の厚生長官、ロバート・F・ケネディ・ジュニア氏だろう。ケネディ氏といえば、かつて環境弁護士としてモンサントを激しく攻撃し、「ラウンドアップは毒だ」と主張して、ラウンドアップ裁判で最初の歴史的勝訴を勝ち取った人物である。彼が率いる「MAHA(アメリカを再び健康に)」運動の支持者たちは、彼が政権に入れば農薬規制が強化されると信じていた。
ところが、蓋を開けてみれば、彼が仕えるトランプ政権は、かつて彼が戦ったバイエルを全力で守ろうとしているのである。報道によれば、ケネディ氏は議会で「(ラウンドアップを禁止することで)トウモロコシ農家を潰すようなことはしない」と発言し、トーンダウンを余儀なくされている。
政権内では「健康重視」のMAHA派と、「ビジネス重視」の農業・化学産業派の間で、激しい綱引きが行われており、現状では産業界が勝利を収めつつあるようだ。
株価は上昇、投資家は泣く
この「政府介入」のインパクトは、即座に数字となって表れた。ニュースが流れた翌日、バイエルの株価は欧州市場で12〜15%も急騰した。これは過去十数年で最大の上昇率だ。
投資家は「数兆円規模の賠償金リスクが消えるかもしれない」と色めき立った。バイエルのビル・アンダーソン最高経営責任者(CEO)も「農家にとっても朗報だ」と、政府の援護射撃を歓迎している。
一方で、真っ青になっているのが「訴訟ファイナンス」と呼ばれる投資家だ。集団訴訟の原告は高額の弁護士費用を負担することが必要だが、勝訴すれば高額の懲罰的賠償金を手にすることができる。ここに目を付けて、弁護士費用を肩代わりするビジネスが生まれた。
ラウンドアップ訴訟は彼らにとって「ドル箱」で、次々と高額な賠償金を手に入れることができた。その成功体験は、これからも継続するはずだった。
しかし、最高裁が「訴訟そのものが無効」と判断すれば、投資した数十億ドルがゼロになってしまう。最高裁では、トランプ大統領寄りの判事が過半数を占めていることから、訴訟ファイナンス業界では新規の資金提供がストップし、パニック状態に陥っているという。

