2025年12月18日(木)

勝負の分かれ目

2025年12月17日

 多くのメディアで角田選手に関する引退報道が出た12月7日は、柔道の国内唯一の国際大会「グランドスラム東京大会」が行われていた。この大会には新聞、テレビなど報道各社の柔道担当記者が取材に駆け付け、会場には多くの柔道関係者も集まる。熱心な記者にとっては情報収集の貴重な機会になる。

 各社の報道では、全日本柔道連盟(全柔連)関係者が、角田選手の進退を明らかにし、年内にも会見が予定されていると報じている。

 実際、トップ選手が引退などで第一線を退く場合には、家族や親しい友人だけでなく、関係者にも事前に意向を伝えて筋を通すこともある。つまり、角田選手の意向を知った「全柔連関係者」が情報源で、メディアの取材に口を開いたとみるのが自然だろう。

過去にもメダリストから批判が

 角田選手からすれば、仮に引退へ気持ちが傾いている状況を周囲に伝えていたとしても、インスタグラムへの投稿を考えると、このタイミングで報道が出ることは想定外だったといえる。

 柔道選手をめぐる報道では、16年リオデジャネイロ五輪、21年東京五輪と2大会連続で男子73キロ級を制した大野将平選手の進退も、本人の正式表明となる会見前に報じられた。

 日本オリンピック委員会(JOC)のスポーツ指導者海外研修事業への申請準備を進めていることが漏れたことが端緒だった。共同通信が22年12月にスクープし、多くのメディアが”後追い“で報じた。

 実はこのとき、“後追い”を見送ったのが朝日新聞だった。

 大野氏を取材してきた記者が年明けの23年1月に「大野将平の引き際、決めるのは大野将平」というコラムで、その内幕を明かしている。

 報道された事実を確認した上で、“後追い”記事を書かなかったのは、「大野自身から『報道は本意ではない。進退がどうなるかは分からない』と聞いたからだ」とし、「私は大野将平の言葉を待ちたい」と結んでいる。大野選手はその後、所属企業で会見を開いて競技の第一線から退いた。

 その朝日新聞は、まったく同じ状況だった角田選手に関して、7日の夕方にネットで引退報道を速報する“ダブルスタンダード”を生んでいる。

読者にとっての「スクープ」の価値

 メディアのスクープは、「速報」と「調査」の2つに大きく区分けされる。

 調査報道による記事は、メディアが丹念な取材をもとに報じられなければ表に出ないようなニュースで独自性が高い。

 一方で、速報性のスクープは、翌日や早ければ数時間後には発表されるニュースを「他社(他のメディア)より1秒でも早く出す」という意図があり、読者や視聴者にいち早く情報を届けるという使命感とともに、他社の担当記者よりも「自分のほうが先に情報を取ったというムラ社会での報道レース」という一面も否めない。

 もちろん、国民の知る権利の観点からも少しでも早くキャッチできた情報には価値があり、経済ニュースであれば、その日の株価に影響を与えることもある。

 では、スポーツ報道におけるアスリートの進退を「引退へ」などという先出しで報じることにどれほどの価値があるだろうか。


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