2025年12月29日(月)

橋場日月の戦国武将のマネー術

2025年12月29日

 さらに、実はこの時期の鱗形屋はある大名家に親近しており、その家中の横領事案に関係し幕府の忌諱に触れたとも言われている。お上に睨まれたというのが事実なら、誰もそれ以上は鱗形屋に協力などしたくないとなるのが世間の常。そして、この機会を逃さず黄表紙マーケットを押さえたのが蔦重だった。

手堅さもべらぼうな蔦重さん

 かつては耕書堂の卸元でもあった鱗形屋の退場後、蔦重はどうやって本屋(この段階では娯楽書を扱う「地本問屋」で、教養研究書などの「書物問屋」ではない)のトップランナーに躍り出たのだろうか。

 まず、『金々先生〜』上梓の翌安永5年(1776年)に彼が出した『青楼美人合姿鏡(せいろうびじんあわせすがたかがみ)』を見てみよう。とびきりゴージャスで美しい装丁で、摺りも多色を用いたカラフルなこの吉原遊女の図鑑は、とてもコストがかかる。当然、蔦重は資金を用意しなければならないが、どう用意したのだろう。

北尾重政, 勝川春章 画 ほか『青楼美人合姿鏡』春・夏,風俗絵巻図画刊行会,大正5. 国立国会図書館デジタルコレクションをトリミング (参照 2025-12-26)

 この本のページをめくって内容を見てみると、本文は見開きごとに異なる遊女屋の3〜5人の遊女たちが収録されているのだが、花形エース格の名妓でも採り上げられていない者もいる。その後の見開きでは、複数の遊女屋の遊女たちが混在して登場、そして最後は遊女たちの俳句(瀬川の句もあるよ!)という構成である。

北尾重政, 勝川春章 画 ほか『青楼美人合姿鏡』員外,風俗絵巻図画刊行会,大正5. 国立国会図書館デジタルコレクションをトリミング(参照 2025-12-26)

 ということは、それぞれの遊女屋の意向が大きく反映されていると考えて差し支えない。誰を推せば最大の集客効果が得られるかの戦略判断は当事者でなければできないし、蔦重が集客効果の最終責任を負いきれる訳も無いから、当然といえば当然である。

 そして、意向を反映するということは、そこにお金の動きがある。要は案件、YouTubeで言うところの「プロモーションを含みます」というものだ。

 蔦重は各遊女屋からリクエストを聞いて、3人なら3人分、5人なら5人分の料金を取る。この点、現代の大物スターはピンでグラビアを飾り、あまり人気の無いタレントは数人まとめて載せられたりしているが、それと真逆の図式だ。こうして出版すれば、経費分はある程度回収が担保されているから赤字にはなりにくいのである。

 それにしてもこの『青楼〜』がよくできているのは、遊女たちの絵姿で客を引き付けた後、前述の様に彼女たちが詠んだ句を収めているところだ。彼女たちと遊ぶ際にこの句から話を広げて盛り上げることができるのだから、実に頼りになる。新吉原ガイドを作った蔦重が有能過ぎる!


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