集団処刑が起きたのは7月19日午前11時頃だった。アマルと義兄の2家族が集まって身を潜めていたところに、暫定政権軍と治安部隊、遊牧民の服を着て武装した6人がキッチンから押し入ってきた。男性だけ6人が裏庭に連れ出された。窓越しに見ていた義兄の妻で保険販売員のファテン・ショケール(52歳)は、「銃身で殴った後に銃を乱射して、『ドルーズの豚どもを殺してやった』と話しながら動画を撮影していました」と証言する。
殺害された人は
5000人を超す可能性も
市内の避難所には周辺の集落を逃れた約1000人が身を寄せていた。
郊外の村から逃れた中学生ゼイン・カンジュ(14歳)は、警備員の父(57歳)を射殺された。「治安部隊が姿を消したので、自宅に戻ってみると、父の遺体がありました」。治安部隊はすぐに戻ってきて、焼失を逃れた家屋に次々と火をつけたのだという。
別の村では早朝から砲撃が始まり、ナジャ・ムカレム(65歳)は、2人の子どもとともに小型バスで脱出した。「隣町で戦闘が続いている間に、パジャマのまま裸足で逃げました」。村人約2500人のうち、約80人が殺され、約60人が誘拐されたという。OCHAによると、一連の衝突で約18万7000人が家を追われた。
暫定政権は「犯罪に関与した人物は処罰する」(シャラア氏)とするものの、捜査状況は明らかになっていない。
肝心の殺害の規模すら、いまだはっきりしていない。8月時点では在英NGOシリア人権監視団(SOHR)は犠牲者を1653人、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の専門家は死者1000人、行方不明者763人としていた。だが、遺体の多くが搬送されたスウェイダ国立病院内の警察署を訪ねると、署長シアジ・ファヤード(47歳)は「3000人以上の消息がいまだつかめていない」と明かした。
病院に搬送された民間人の遺体だけで計1422体で、レイプの痕跡があって遺族が搬送せずに埋葬した女性が113人。治安部隊の管理下にあって入ることができない三十数カ所の集落に、行方不明者の遺体がある可能性が高いという。
殺害の記録を集める地元弁護士や医師らによる調査委員会の委員長モウサナ・ヘンナウィ(45歳)は、「多くの人々がいまだ行方不明で、殺害された人数は5000人を超えるでしょう」と語る。
