民主主義国家において、抑止力の信頼性は国内政治と世論に強く左右される。敵はAIを用いて世論を操作し、介入や防衛行動への支持を弱めることができる。指導者は政治的基盤を正確に把握できなくなり、意思決定に揺らぎや遅れが生じる。
中国が台湾に対して経済制裁と大規模軍事演習を行う危機シナリオは、これらの脅威がどのように結びつくかを示す具体例である。米国がAIに依存して対策を検討する中で、もし中国の情報操作でAIが既に汚染されていれば、米国は中国の軍事力を過大評価し、自国の即応力を過小評価する可能性がある。
同時に、生成AIの偽情報がSNS上で拡散され、米国内の介入支持の世論が小さいかのような評価を作り出せば、指導者は世論を正確に把握できず行動を取りづらくなる。結果、中国が封鎖や攻撃に踏み切る可能性が高まる。
このように、AIは抑止力を強化する能力を持つ一方、情報戦と結びつくと、抑止を根底から侵食する要因にもなり得る。AI時代における抑止は、もはや能力と決意だけの二要素だけでは成立しない。情報そのものの信頼性を維持できるかが決定的に重要となる。
したがって、政策立案者、防衛戦略家、情報機関は、AIがどのように兵器化され、抑止を弱体化させ得るかを前提に備える必要がある。具体的には、合成メディアや AI 主導の影響力工作を迅速に検知し、これを無効化する技術への投資や同盟国との協力による情報作戦の加害者の特定とそれへの抑止が不可欠である。さらに、国民に対する教育を通じて、合成メディアや偽情報への耐性を高めることも重要となる。
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AI利用の深刻な問題点
人工知能(AI)の歴史はコンピューターの開発の歴史でもある。1960年代に演算の速度を急速に高める計算機が登場した。1980年代に演算速度は急激に伸びたが、解を出すために必要なデータや情報は利用者である人間が丁寧に与える必要があった。ところが、2010年代ごろから、演算機自体が必要な情報を探し出し、取捨選択して取り込み、自ら結論を導き出すことが出来るまでに成長した。
今日、人工知能の便利さは様々の場で驚きを以って言及され、一般に歓迎され、その脅威的安価さのために急速に世界中に拡散されてきた。実際に使用する機会を幾度か経験すれば、それへの依存の誘惑には抗し難くなっている。しかし同時に、その利用における深刻な問題点も、多くの角度から指摘されてきている。
