2026年3月3日(火)

酷似する 「戦間期」と現代

2026年3月3日

 ただ、21カ条要求の背後には、中国側が64万ドルを支払って謝罪した第一次南京事件などの日本人が被害にあった事件に対する国民の不満を配慮する必要があったことも忘れてはならない。このため議会も新聞・雑誌世論も「強硬論」であり、当時の朝日新聞は一貫した要求貫徹論を主張し、「民本主義」を提唱した吉野作造ですら、「我国の最小限度の要求を言現わしたもの」として、削除を「遺憾」としていた。

 その後、中国は軍閥対立の時代となるが、主要な軍閥や政権は日本に依拠するか日本を利用していた。例えば段祺瑞政権は財政も軍隊も日本に依拠して維持されていた。孫文も、革命援助の代わりに満州を租借地とすることや21カ条要求第5号とほぼ同じ内容の盟約を日本側と交わしている。

 終戦後に迎えた21〜22年のワシントン会議では、中国に関する9カ国条約が結ばれ、各国が協調して現状を維持しつつ、中国の自立を助けることが決められ、日本が攻略した山東半島を中国に返還することも決められた。ここに「国際協調の精神」が生まれ、日本も協調外交の担い手になってゆく。

ワシントン会議には日・米・英・仏・伊の5大国を含む9カ国が参加した(GRANGER.COM/AFLO)

排日移民法成立で
反米運動も渦巻く……

 しかし24年、米国は日本人移民を実質禁止する「排日移民法」を成立させ、日米による協調体制は大きく崩れた。

 パリ講和会議における日本の人種平等提案を米国のウィルソン大統領が否決して以来の不満の蓄積があり世論は激昂した。米国大使館前では抗議の切腹自殺が行われたほか主要新聞社の対米宣言や1万人を超す対米国民大会が開かれるなど、巨大な反米運動が渦巻いた。

 一方、中国はワシントン条約に満足せず、23年以降、日本の条約上の権益を認めないとする国権回収運動を始め王正延外交部長の革命外交に至る。

※こちらの記事の全文は「Wedge」2026年3月号に掲載されている「酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ」で見ることができます。

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Wedge 2026年3月号より
酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ
酷似する「戦間期」と現代 第三次世界大戦を防げ

「新しい戦前になるんじゃないですかね」─。今から4年前、テレビ朝日の『徹子の部屋』でタモリさんが口にした言葉だ。 どのような意図で発言したのかはわからない。ただ、コロナ禍だった当時、全体主義体制を称揚するような空気が漂い、議会制民主主義の危機も顕在化し、「1930年代」に時代が近づきつつあると感じていた私は、その言葉に妙な〝重み〟を覚えずにはいられなかった。 昨今の様々な出来事を見るにつけ、その感覚は確信へと変わった。時代は、当時の「戦間期」を思わせる局面に入り、大国指導者が世界の行方、人類の運命を左右する時代になったのである。このままでは、最悪の場合、第三次世界大戦が起こる可能性も否定できない。 ただ、もし戦争になったとしても、大国指導者たちが戦場に行くことはない。いつも犠牲になるのは、市井の人々である。 英国を代表する歴史家、A・J・Pテイラーは、『ウォー・ロード 戦争の指導者たち』(新評論)最終章で日本のことを取り上げ、こう指摘している。「日本は戦争の指導者はただの一人もいなかった」 つまり、指導者不在のまま、日中戦争、太平洋戦争へと突き進み、日本は破滅したのである。当時、大衆も熱狂し、政治はそれに流された面もある。 一度始まった戦争を終わらせることは容易ではない。それは4年が経過したロシア・ウクライナ戦争を見れば明らかである。動乱の時代、今こそ歴史に学び、教訓、希望を見出し、この危機から「脱出」する必要がある。


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