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2014年7月28日

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勝川俊雄 (かつかわ・としお)

東京海洋大学准教授

1995年東京大学農学部水産学科卒。97年同大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。2002年同大学大学院農学生命科学研究科博士号取得(論文博士)。三重大学生物資源学部准教授等を経て15年4月より現職。

【上2つのグラフ】:(注)戦前の汽船トロールによる年間漁獲量(出所)水産庁 西海区水産研究所(1951)以西底魚資源調査研究報告
【3つめのグラフ】:(注)以西底引き漁獲量 (出所)漁業・養殖業生産統計年報
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 右の図は、戦後の東シナ海漁場の漁獲量である。漁場拡大と漁船大型化により、一時的に増えた漁獲量は、60年代から減少している。80年代から、日本漁船は採算がとれなくなり、撤退が相次いだ。撤退した日本の中古船を買って、中国人が同海域で操業を開始し、現在も無理な操業を続けている。

 東シナ海の漁業再開直後の51年に発行された水産庁西海区水産研究所の「以西底魚資源調査研究報告」は、次のように記述されている。

 『従来の漁業およびその研究は、いかにすれば多量の魚を漁獲できるかに主眼が置かれていた。ある漁場で獲れなくなれば、船足を伸ばして新漁場を開拓し、また新しい漁具、漁法を考案して獲れるだけ獲ったのであり、獲った後がいかなる状況になるかにおいては、一顧も与えなかった。その央にしても獲れる間は良いが、魚は海の中に無限にいるのではない……』

 『獲り得主義の、そして、将来に対する見通しを持たなかった漁業のあり方の結末は自明であって、乱獲による資源の枯渇現象となって現れ、経営が行き詰まってきたのは、蓋し当然と言わねばならない』

 水産業界の体質は、当時も今もあまり変わっていないように思う。


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