現代の政軍関係の難しさ
視点を今回の国家斉唱事案から現代の政軍関係に転じれば、遥かに大きい課題がある。その最たるものは、安全保障や軍事の中で、軍以外の組織が果たす役割が大きくなっていることである。
例えば、ウクライナ戦争ではスペースX社が展開するスターリンクがウクライナ軍の作戦に大きく寄与しているが、スペースX社は民間企業であり軍ではない。また、サイバー領域での戦いでは、軍が民間企業に多くを依存している。さらに、民間企業の持つAI技術や無人化技術の発展は確実視されており、それは軍事の中で民間企業の果たす役割や影響力のさらなる増大を意味する。
また、平時と戦時の中間にあるグレーゾーンでの事態対処は尖閣諸島周辺海域や南シナ海で喫緊の課題となっているが、こうした事態対処に軍を投入するとエスカレーションを招くおそれがあるため、海上保安庁をはじめとした軍以外の法執行機関が対処の主役にならざるを得ない。このため、法執行機関の装備や規模は逐次拡充され、軍との連携も強化されつつある。
このように、国際的な対立や衝突の中で軍以外の民間企業や法執行機関が存在感を増す中、これらの組織は政軍関係の範疇内なのか、範疇外なのか。仮に範疇内であれば、どこに位置づけられ、政治によるコントロールは、どの範囲まで及ぶのか。仮に範疇外であれば、どのような概念で整理するべきなのか。答えは全く見えていない。
日本のような民主主義国家においては、政軍関係におけるシビリアン・コントロールの原則は堅持されるべきである。その一方で、日本の安全保障環境は「戦後最も厳しく複雑」な状況に直面し、その中で安全保障や軍事において軍以外の組織が果たす役割が拡大している。しかし、政治が軍事に関わる組織に対して何をどこまでコントロールすべきかについての議論は不足している。
今回の国歌斉唱事案が、政治の側の判断や法解釈に関する議論にとどまらず、より広範な政治と軍事の関係を巡る議論の契機となることを期待したい。
