歌舞音曲・エンターテイメントのない日常、大人気の「おしん」
イランではロック、ポップス、ジャズなどは西洋の堕落した文化であるとして禁止されていた。テレビ・ラジオから流れるのは“コーランの朗誦”、“イスラム音楽”、“イラン民謡”だ。スキー場でもスピーカーから流れていたのはもっぱらコーランの朗誦とイスラム音楽であった。
ハリウッド映画など西洋の娯楽映画は禁止されていた。TVはニュース番組とイスラム教の宗教プログラムがメインだった。コーランの朗誦コンクールが印象に残る。娯楽番組はサッカーの試合中継くらいしか記憶にない。
1986年公開のショーン・コネリー主演の映画『薔薇の名前』では笑いや娯楽が禁じられた中世のカトリック修道院を描いていた。イスラム共和国体制は中世のカトリック修道院と変わらないと思った。
他方でイラン・イラク戦争中にイラン国営テレビで放映されたNHK連続ドラマ「おしん」は視聴率90%という驚異的な国民的人気を博した。苦労を耐え忍んで幸せをつかむという成功談が戦時中のイランの人々に希望を与えたのであろう。筆者も町を歩いていると頻繁に「ジャポ二(日本人)、オシン」と声をかけられた。裏を返せばイラン社会ではいかに娯楽が乏しくイラン民衆が娯楽を渇望していたことの証左であろう。
外国人もネクタイ着用禁止
イスラム教圏の国々では、赤十字社(red cross)は新月社(red crescent)を正式名称としている。“十字”を忌避しているのだ。イランでは十字軍の騎士が着けたスカーフがネクタイの起源であるとして公の場でネクタイの着用は禁じられていた。男性の礼装はダークスーツ、ノーネクタイの白いワイシャツである。役所や公社の入口には来訪者向けにドレス・コードがイラスト入りで掲示されていた。外国人もトラブルを防ぐためにノーネクタイである。
事情を知らない日本のビジネスマンがネクタイ着用で商談の場所に向かっていたところ宗教警察に止められネクタイを切られたという事件もあった。
イランでは非イスラム教徒でもイスラム教の行動規範を厳格に遵守することを強制されるのである。イラン憲法では信教の自由を認めているがイスラム教徒の目に触れるところで異教徒の振る舞いをするのはイスラムへの冒涜と見做されるのである。
小便器は使用禁止、コーランの教えは日常生活の隅々にまで及ぶ
イランに赴任早々に格式の高い旧シェラトン・ホテルに行った。小用のためトイレに行くと全ての小便器が破壊されて使用不能になっていた。
他のホテル、レストラン、役所などイランのどこの男性用トイレでも同様に既存の小便器は使用不能状態か完全に撤去されていた。イスラム教では立ったままで小用を足すことが禁じられているので革命後に新政府が小便器禁止令を発令したのだ。
昨年トルコ放浪旅した時にモスクのイマム(イスラム教の宗教指導者)からトルコ政府宗教庁発行の日本語訳コーランを拝領した。少し厚い文庫本サイズなので手元に置いている。アラーの神様は日常生活全般について教え諭していることに驚く。1日5回の礼拝、豚肉と飲酒の禁止は序の口であり、信じられないくらい細かく箸の上げ下ろしまで規定している。割り勘での金額の計算の仕方、相続財産の分配、命令に従わない妻への体罰、などなど多岐にわたる。
イランではイスラム法学者と呼ばれるイスラムのお坊さんがコーランに基づくイスラム法(シャリーア)を法制化する。イランはイスラム法学の最高権威である最高指導者の下に選挙で選ばれた大統領が行政を行うが異教徒には腑に落ちない法令が散見される。
このような日常生活のイスラム共和国体制は持続可能なのか次回で考えてみたい。
以上 第2回に続く
