2026年5月4日(月)

Wedge REPORT

2026年5月4日

 1998年、筒井康隆(91歳)が63歳のときに書き下ろした長編小説『敵』(新潮文庫)を、吉田大八(62歳)が脚本を書き監督した同名映画(2025年)は、ほどなく襲ってくる「敵」、本格的な老いを迎え撃つ主人公の内面を如実に描いた傑作だ(敬称略)。

映画『敵』公式Xより

 原作でも映画でも、敵は怪しいネット情報がもたらす「北からくる正体不明の存在」であり、被害妄想にすぎない。が、主人公にとっての本当の敵は、誰もが避けようのない身体の、脳の衰え、そして等しく間違いなくやってくる死なのである。

死よりも老いをリアルに書く方が難しい

 長塚京三が演じる主人公、渡辺儀助は原作では75歳、映画では77歳に設定されている。筒井、吉田のいずれもが60代前半でこの年齢を描こうとしたのは、偶然ではないだろう。

 表現者の二人は、住宅街や商店街をとぼとぼと歩く70年代後半の老人を目に、その心のうちをある程度は洞察できたはずだが、実のところ、老いをつかむのはそう簡単ではない。

 40代が50代を、50代が60代の自分を想像できないように、60代にとっての70代は、まだ謎なのだ。

 「死よりも老いをリアルに書く方が難しい」と「海燕」「野性時代」元編集長で小説教室講師の根本昌夫が言うように、わかるようでわからない未体験ゾーンなのだ。

 西洋演劇史を専門とする元大学教授の儀助は20年以上も前、50代のときに妻を亡くして以来、規則正しい毎日を送っている。妻は夢や妄想の中で、時に匂い立つ果実として、時に辛辣な苦言者として儀助の前に現れる。


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