長塚京三の巧みな演技
シャケの切り身、自家製の焼き鳥、韓国冷麺、そば、ブルーマウンテンに目がない儀助はもっぱら自炊だが、食材の質を落とす気はない。年金では足りない月々の出費はわずかな 貯蓄で賄う。元大学教授にしては貯蓄が乏しいのは、組織での忖度ができず、どこか人を小馬鹿にしている儀助に天下りの機会がなかったためで、定年とともに収入は消えた。
葬式代を除いた貯蓄が底をつく日を計算し、その日になったら自殺するつもりでいる。「ただ生き延びるために生きるのに耐えられない」と。
唯一の仕事は月に一本の原稿書きだが、これも教え子が編集する旅行雑誌に書いているものだ。
あるとき教え子が訪ねてきて、連載打ち切りを告げる。「先生、大変申し訳ありません。連載は今回で一旦終了とさせてください。次号から紙面のリニューアルを予定しておりまして、カルチャーコーナーが大幅に縮小されます。だから、先生の原稿に問題があるわけでは全くないんです。むしろ、熱心な読者がついてきて、これからというところだったんですが。役員レベルでどうしても調整はつかず、ギリギリまで粘ったせいでお伝えするのがこんなタイミングになってしまいました」
このときの儀助演じる長塚京三の表情が実に巧みで、身につまされる。
「まあ、旅行雑誌だからね。最近ヨーロッパ旅行も人気ないって言うし。フランス文学のエッセーなんて続けるの、社内でも大変だったでしょう。こちらこそ本当にお世話になりました」
そう取り繕うが、痛手は大きく、儀助はその晩、ひとり深酒をしてしまう。
そのあたりを機に儀助の妄想はひどくなる。
現役時代からほのかな恋情を寄せているが、それをおくびにも出さない相手、瀧内公美演じる教え子の靖子。たまたま入った小さなクラブにいたフランス文学好きの女学生、河合優実演じる歩美。年の離れた若い女性たちが、儀助の妄想の中に現れる。
自分の知を理解してくれる美形の相手にしか決して惚れない儀助は、それでいて知識人のプライドから、自分の気持ちさえほのめかすことができない。が、パッと見せる笑顔や、何かの拍子に体を寄せてくる相手に、間違いなく自分への想いがあると勝手に考え、妄想が炸裂していく。そして、儀助とは正反対の厚かましい若い男や、死んだはずの妻も入り込み、映画は佳境を迎える。
