あなたの組織で、「正しい判断」が下されたにもかかわらず、何も動かなかった経験はないか。
コロナ禍、15人の首長たちも同じ壁に直面した。医療か経済か。感染抑制か地域の存続か。どちらにも正当な根拠があり、どちらが「正解」なのかは最後まで分からない。それでも決断し、組織を動かし続けなければならなかった。
『緊急事態における首長のリーダーシップ インタビューから浮かび上がる新型コロナ対応の教訓』は、15人の首長へのインタビューを通じ、その政策決定の過程を丹念に記録した一冊だ。インタビューを主導した明治大学教授の西出順郎氏は言う。「人と組織を動かす本質が、首長たちの言葉の中にある」と。
判断する力と、それを実行に移す力は別物だ。そして実行を支えるには、異なる立場の人たちをつなぐ人材が欠かせない。首長たちの経験は、企業経営の核心と驚くほど重なっている。
相反する選択肢の中での決断
首長たちが最初に突きつけられたのは、「どちらの正解を選ぶか」という問いだった。感染抑制と経済振興。どちらにも科学的根拠があり、どちらも正当な政策目標である。しかし、二つの政策はトレードオフの関係にある。
相反するという意味では、例えばGo Toトラベルをめぐる判断が、そのジレンマをよく示している。西出氏はこう語る。
「Go Toトラベルのような政策を議論する時、色々な視点があると思う。経済的には良かったが、感染拡大という意味でどうだったかという話も聞きます。Go To トラベルでは、経済状況はかなり深刻化し、完璧な感染予測などできなかったわけだから、幾ばくかの感染は避けられないかもしれない、という苦渋の選択を考えざるを得なかったわけですよね。科学的な議論で白黒が難しいのなら、最後は政策信念による決断です。『経済も同じく大事』と」
「科学的根拠に基づく判断(エビデンス・ベースド・ポリシー・メイキング、EBPM)」という言葉が生まれて久しい。しかし、EBPMが悩ましいのは、科学それ自体が唯一絶対の答えを示さないという事実だ。
「科学は全てを解決しないのです。なぜなら、人の命を救うという視点での科学的根拠がある。一方で、人の命を救うことによって生じる人間の社会的・経済の制限によって生じる損害がある。こちらにも科学的根拠がある訳です。
科学的だとされる根拠が数字として明らかになったとして、どう決断できるんですかと。お互いを同じ尺度に置き換えてどっちが多い少ないかで比較し、皆が納得すれば、それに越したことはない。しかし、人によって尺度に対する価値観は違う。だからこそ、トップの判断が最終的には必要になってくる。これが公共政策の難しさです」
さらに、コロナ発生直後は、科学者の間でさえ見解が割れていた。
「根拠となる数字は同じはずなのに、人によってその解釈に違いが出る場合がある。いかに難しいかってことですよね、科学の真実を見極めるっていうのは。だから、ある科学者の一存だけで決まるわけでもない」
「データを見ても答えが出ない」という感覚は、企業経営の現場でも繰り返されている。新規事業か既存強化か。成長投資か経営基盤の安定か。どちらにも正当な根拠があり、どちらが「正解」なのかは、最後まで分からない。
その時、どのように意思決定するのか。首長たちの経験は、経営者にとっても他人事ではない。
