2026年4月4日(土)

未来を拓く貧困対策

2026年4月4日

異なるレンズをつなぐバウンダリー・スパナー

 本書では、マネジリアル・リーダーシップと並んで、危機を乗り越えるため不可欠な要素を提示している。それが、バウンダリー・スパナー、すなわち組織の境界をまたぎ、橋渡しを担う「境界連結者」と呼ばれる人材である。

 医療の専門家は「医療のレンズ」で、政治家は「行政・政治のレンズ」でコロナを見る。地域に住む住民もそれぞれレンズを持っている。それは「店をどう存続させるか」「子どもの笑顔をどう取り戻すか」であったりする。どれかが間違っているというものでもない。問題はそれを「どう融合させるか」にある。

 本書のインタビューでは、県医師会の会長という立場でコロナ禍に対応した医師も登場する。医師会の会長という地位を活かして、知事とのホットラインをつなぎ、関係者を説得して危機に即応する医療体制をつくった。もちろん、その道は平坦なものではなかった。インタビューの一部をご紹介しよう。

 「何でお宅は受けないんだ、そっちはもうちょっと余裕があるんじゃないか?」「いや、うちはもうこれ以上は……」。こんな話し合いが続き、はじめから「受け入れられない」と言い訳の連続だった。しまいには、ある病院の看護部長は「こんな状況で、あと5床受けろと言われても……、こんな話を持ち帰ったら私はもう看護部長をやれません!」と涙ぐんでしまい、殺伐としたムードが漂ってしまった。午後7時に始まった会議だったが、10時になっても受け皿は全く増える気配がない。結局、「今日はこれ以上話をしても答えが出ないので次回に……」と、県庁の担当者が切り出す始末だった。

出所:前掲書、p.258.

バウンダリー・スパナーをどう育成するか

 こうした状況から、どのように体制を整えていったのか。その実際を知りたい方は、ぜひ本書を手に取ってほしい。西出氏は、インタビューをこう振り返る。

 「やっぱり何が絶対的に正しいなんていうものは一個もない。みんな自分という認識のレンズを通して物事を考えるから、政治家というレンズを通してコロナにアプローチする人と、医療というレンズを通してコロナにアプローチする人で、考え方がまったく一緒なわけがない。その一緒じゃないものをどれだけうまく融合させるか。その役割を果たすバウンダリー・スパナーが医師会などにいたことが、大きな力になった」

 では、組織的にバウンダリー・スパナーを育成するにはどうしたらよいか。異なる専門領域を持つ人材を同じ職場に配置する「人事交流制度」は、しばしばその解決策として語られる。しかし西出氏は、その限界を指摘する。

 「バウンダリー・スパナーはね、システムでは育たないですね。やってくれそうな人を見出して、活躍できるポジションに置く。そこはやっぱり首長の腕の見せ所じゃないですか。システムで全てが機能するわけがないという大前提として持つことが一番大事。人事交流をしましたとか、ポストを作りましたとかって言っただけで物事が進むというような考えだけに頼るのは危険ですよ」

 西出氏の答えは明快である。

 組織トップの仕事の一つは「仕組みを作ること」だけではなく「人を見定め、配置すること」にある。医師会長がバウンダリー・スパナーとして機能したのは、制度の産物ではなかった。

 医療と行政の両側を深く理解し、人間的な信頼を勝ち得た人物だったからこそ、その役割を担えた。そうした人材を「この人なら」と見定め、これらの人が適切な位置で活動できる状況であったかどうかが、地域の対応力を大きく左右した。

 職位や部門、発注者と受注者、サービスの提供者と利用者。断絶はあらゆるところにある。その解決策として提案される「システム」に、ため息をついたことのある読者も少なくないだろう。本書では、首長の語りを通じて、その現実を乗り越えるための解を垣間見ることができる。


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