メルツ首相は「我々は長年にわたって、(社会保障制度について)身の丈を超えた生活を続けてきた。その責任は、社会保障の受給者ではなく、政府にある。我々はこの状態を変革して、将来の世代のために高い生活水準と、雇用を維持する」と語った。メルツ政権は連立協定書の中にも、社会保障制度の建て直しを公約の一つとして明記していた。
今後メルツ政権は改革案の法制化を急ぐが、首相の思惑通り年金委員会の提案がそのまま実行されるかどうかは未知数だ。ドイツ労働組合同盟(DGB)や全金属労組(IGメタル)は、今年4月に63歳引退制度の廃止に反対する姿勢を打ち出していた。企業経営者からは、積立型年金基金の設置により、企業に新たな負担が生じることを懸念する声が出ている。
公的健保制度も大きく改革
メルツ政権は公的健康保険制度の改革案も、今年4月29日に閣議決定した。出費削減や保険のカバー範囲の縮小、負担増加などにより、健保運営機関、医療機関、製薬会社、市民が大きな影響を受ける。
例えば、政府は病院が受け取る医療報酬の伸び率の上限を、実際にかかった費用の伸び率もしくは基本賃金の上昇率とする。公的健康保険運営機関の管理職社員の報酬を制限する。医薬品を購入する際の市民の自己負担額を増やす。
特定の手術の必要性については、別の専門医の意見を聞くことを義務付ける。現在低所得世帯では、配偶者は保険料の支払い義務を免除されているが、免除の対象をこれまでに比べて狭くする。ホメオパシー(代替医療)の医薬品への支出は、公的健康保険ではカバーされなくなる。
ドイツは、35歳以上の公的健康保険加入者に対し、皮膚がんの疑いがなくても、無料で予防検診を行う世界で唯一の国だ。政府は、疑いがない場合の無料検診を廃止するべきかどうかについて調査し、27年末までに結論を出す。
メルツ政権によると、これらの措置を実行することで27年に節約できる金額は163億ユーロ(3兆155億円)にのぼる。
社会保障費高騰が産業の空洞化につながる
メルツ政権が社会保障改革を重視する理由は、公的健保や年金の保険料率が上昇することで人件費がかさみ、ドイツ企業の国際競争力が劣化しているからだ。
企業で働く就業者の社会保険料は、原則として就業者だけでなく企業も負担する。したがって社会保険の収支悪化によって保険料率が上昇すると、企業の収益率が低下し、外国などで販売するドイツ製品の値段が他国に比べて高くなってしまう。
ドイツの社会保険料が賃金に占める比率は、15年には39.6%だったが、25年には41.9%に上昇した。ドイツの経営者団体は「このままでは社会保険料が賃金に占める比率は、35年には46.3%に達する」と警告していた。
ドイツの人件費の高さは、産業の空洞化につながる。実際、製造業界の国内での生産額は年々減っており、メルツ政権は社会保障支出カットによって、この流れを食い止めようとしている。
ただしこの改革が、国民に痛みを強いるものであることは間違いない。改革に対する不満が多くの有権者を伝統的政党から離反させ、極右政党に走らせる危険がある。
今年5月のインフラテスト・ディマップ社の世論調査によるとメルツ氏への支持率は16%で、歴代の首相の中で最低。極右政党ドイツのための選択肢(AfD)に対する政党支持率は、キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)を抜いて首位となった。社会保障改革が大詰めを迎えることで、メルツ政権にとって本格的な試練が始まろうとしている。
