連日、クマの人里出没がニュースになっている。もはや農山村だけの話ではなく、市街地でも当たり前となり、東京都心に姿を見せる日も遠くないだろう……と思わせる。
クマの出没が頻発する理由は、さまざまな角度から論じられているが、やはり根本は生息数が増えたからだろう。山から人里に移動したのではない。なぜなら山の中でもクマ目撃情報は多いからだ。山からあふれだすようにクマは人里に出没している。
では、いつからクマはこんなに増えたんだろう、と考えてみた。一般には、ここ2、3年の出来事だと記憶されているだろう。たしかにニュースになり始めたのはその頃だ。
90年代からあった兆候
だが我が身を振り返ると、もっと以前からクマの出没情報を聞いていたことを思い出した。1990年代、筆者は森林ジャーナリストとして各地の林業家や森林の研究者などに話を聞いて歩いたが、そこでクマの話がよく出たのだ。
林業作業中にクマが現れて、大声を上げても鈴の音を立てても逃げない、それどころか近寄ってくるので人が逃げ帰ったという話も聞いた。拙著の読者からクマの出没が多くて山に入れない、大変なことになっていると伝える手紙が届いたこともある。
筆者は「局所的にクマが増えている山もあるのだろう。ただ全国的にはクマは増える要素がない」と返答した記憶がある。その理由として、クマの餌が山に十分ないことと、冬眠用の樹洞がある大木が減っていることを上げた。
後者は、学生時代にクマの冬眠穴調査に従事したことがあったからだ。クマは樹洞で冬眠するから大木が減ると冬を越せないと言われていたのである。
今振り返ると、不明の至りである。
改めて当時のクマ研究の状況を振り返ると、ツキノワグマ、ヒグマとも減少の一途であり、絶滅を危惧されていた。だからクマ類は保護すべきであって、クマハギなどの林業被害はともかく、人への危害を心配する声は小さかったのである。
1976年に出版された日本の野生動物と獣害問題を論じた専門書には、ツキノワグマの生息数を約6600頭と推定していた。ヒグマはさらに少ない。
また90年代に取材した野生鳥獣専門家は、「クマの生息数は狩猟された数から推定するので、捕獲すればするほど数が多く算定される」と批判的だった。実態はもっと少ないはず、というのである。
