「生きている」とされる理由——日本人の死生観を作った男
空海は835(承和2)年、高野山で入定(瞑想状態のまま入滅)した。だが高野山では今も「空海は生きている」と信じられており、1日2回の食事が捧げられている。
この信仰の背景には、空海が作り上げた独自の思想体系がある。彼は「大日如来と太陽は同体であり、人間はその働きの中に生きている」と説いた。さらに「即身成仏」——生きたままこの身で仏になれるという教えは、現世での実践を重視する点で画期的だった。
お遍路文化に代表される「同行二人(ひとりで歩いてもいつもお大師さんと二人)」の信仰も、この延長線上にある。四国八十八箇所を歩く人々を今日も支え続けるその存在は、1250年という時間を軽々と超えている。
神仏習合を通じて日本人の死生観に深く根を張り、高野山への納骨信仰を生み出し、密教芸術運動を通じて源氏物語や祇園祭にまで影響を与えた——空海なくして、今の日本の文化は語れない。
「宗教家」を超えた天才・空海の現代的意義
空海という人物を「宗教家」の枠で捉えていては、その実像の半分も見えない。言語、政治、土木、教育、芸術——あらゆる領域を横断したこの天才が、なぜ1200年以上たった今も日本人の精神の深部に生き続けているのか。その問いに迫りたい人に、『空海に秘められた古寺の謎』は格好の入口となる。
特別展「空海と真言の名宝」を訪れる前に、あるいは訪れた後に、その生涯と思想の核心を知ることで、目の前の「名宝」はまったく異なる輝きを放つはずだ。

