2026年8月1日(土)

オトナの教養 週末の一冊

2026年8月1日

どこまでが「飛鳥」なのか

 女帝推古天皇が即位した6世紀末から約100年にわたり、この宮都があるエリアに繰り返し営まれ、そこには壮麗な宮殿や寺院が建ち並んだ。そのエリアというのが、飛鳥である。

 飛鳥といってもその区域は必ずしも明確ではないが、奈良盆地の東南にこの広い盆地からしみ出たような小盆地があり、ふつうはこの小盆地を中心とした一帯を飛鳥と呼んでいる。古代の地域区分では大和国高市(たけち)郡に属する。

 おおよその範囲を示すと、北限は大和三山のひとつである香具山(かぐやま)、南限は橘寺(たちばなでら)後方の「祝戸(いわいど)」と呼ばれる丘陵地帯、東限は岡寺(おかでら)の東側に連なる丘陵で、西限は甘樫丘(あまかしおか)。このエリア内を縦断するようにして飛鳥川が北から南へと流れている。およそ南北4キロ、東西1.5キロの、山と丘陵に囲まれた山里風の土地である。現代の行政区域では奈良県高市郡明日香村の北東部にあたる。

 そしてこの小盆地の南西方向には、古代には「檜隈(ひのくま)/檜前」と呼ばれた台地状の地域が広がっている(明日香村南西部)。飛鳥時代には古墳が多く築かれたところだ。

 飛鳥の範囲についてはいくつかの捉え方があるが、本書では原則として、今記した範囲、すなわち香具山を北限とする飛鳥川沿いの小盆地とこれを囲む山丘一帯を「飛鳥」としてゆるく定義し、このなかに「檜隈」も含めることにしたい。現代の行政区域でいえば、明日香村とその周辺(桜井市・橿原市の一部)ということになる。

 古代の区分では飛鳥とは完全に区別される檜隈をあえて飛鳥に含めたのは、ここが狭義の飛鳥(飛鳥盆地)と古来、重要なつながりをもったことに加えて、現代においては、檜隈エリア内に近鉄線の「飛鳥駅」があって、事実上、飛鳥観光の玄関口になっているからである。ちなみに、明日香村内に設けられた「国営飛鳥歴史公園」には「甘樫丘」「台」「祝戸」「高松塚周辺」「キトラ古墳周辺」の5地区があるが、後者の2地区は古代では「檜隈」にあたる地域である。


新着記事

»もっと見る