2026年8月20日(木)

世界の記述

2026年8月20日

最後に裁くのは「有権者」

 その意味では、今回の判決に関しては、極めてフランス的な政治風土の中の思考様式が反映していたように思う。同じような政治環境は想定しにくいが、大物政治家が罪を問われた時に、その罪をどのようにあがなうのか。

 公人であるから、それは有権者を欺く行為として信頼を欠くべき行為だ。その罪はより重い。倫理的道義的には厳罰に値するが、一方で人間の良心のどこかに、倫理的判断だけが、最優先されていいのかという気持ちもある。

 我が身を振り返ってみても自分が完璧に道義的に常に正しいとは言い切れない。そういう後ろめたさは多くの人が共有するのも事実だ。

 それは司法では割り切れないところがある。その判断は個々の事例によるしかないが、その意味では政治的判断だ。

 法律は絶対的なものではない。その解釈は千変万化な可能性を含み、法律ですべてがカバーされているわけではない。過去の判例主義といっても実はその適用には時代の価値観が反映する。

 そしてデモクラシーの下で、法制度の価値観や適用は変化する。法制度とは絶対的なものに見えて、結局は時々の為政者の意図が反映することは歴史が繰り返してきたことだ。それこそ司法と政治の戦いだ。

 今回のルペン裁判の要点は、まさに司法と政治のせめぎあいの中での「国民全体にとって何が良識的判断か」という終わりのない問いの追求だった。それをフランス人は大切にしたのだ。

 今回の控訴院の判決は「司法の裁きとペナルティーはルペンに科した。1年後に裁くのは国民だ」と国民に問いかけた、そういう判断だった。ルペンを大統領として迎えるのか、否か。その大決断は国民の総意でなければならない。

 今回の裁定はそうした大きな問いかけをフランス国民に迫ったものであった。その意味では、ルペンに寛大な裁きではあったが、その責任を含めて改めて政治の裁可を国民の手に投げ返した、というのが今回の判断だった。国民は自らの判断で極右勢力を受け入れるのか否かの決断を来年春に迫られることになる。

 表向き混乱を繰り返しているように見える、フランス政治や欧州政治であるが、民意と政治の関係をいかに担保するか。そこに心血を注いだ議論をしていくことにどれだけエネルギーを使うのか。それはデモクラシーの真骨頂だ。

 そういう筆者の解釈は民意と自由についてのフランス政治文化の熟慮を正しく評価したものといえるだろうか、それともフランス政治を美化しすぎた偏向なのであろうか。

 結局は時々の事情に合わせて政治的判断をしているにもかかわらず、法の世界の形式論理に裁可を委ねて、真の判断者の姿が隠蔽されてしまいがちな、わが国の政策決定プロセスにあらためて思いを馳せたルペン裁判の一幕だった。

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