2026年9月10日(木)

世界潮流を読む 岡崎研究所論評集

2026年9月9日

価値観を拠り所にしなくなった

 東南アジア諸国の幾つかを歴訪中の国防次官エルブリッジ・コルビーは、8月10日、マニラのStratbase Instituteにおいて演説した。11ページの長文であるが、その特徴を抽出すれば次の通りである。

 トランプ政権のアプローチはコルビーが言うところの「柔軟なリアリズム(flexible realism)」である。目指すのはインド・太平洋における有利なバランス・オブ・パワーである。覇権は排除されねばならない。

 「力強く明確でありながら静かな(strong and clear, but quiet)」アプローチにより「力による平和(peace through strength)」を目指す。このことは第一列島線に沿って拒否抑止(deterrence by denial)を維持することを必要とする。そして、このアプローチは外交による「戦略的安定性」の増進と完全に整合的であるとする。

 以上は、大体において国家防衛戦略が書いていたことであり、新しいことではないが、演説の際立った特徴は、この地域を脅威から守るために米国が危機に際して如何に行動するかのコミットメントの表明を欠いていることである。

 トランプ政権は、現実の軍事侵略を撃退し得る実戦能力を備えた部隊の展開を「静かに」進めているとコルビーは述べている。それは軍事能力の強化のことであるが、それを如何に使うかの意思、すなわちコミットメントの表明を欠くのであれば、「柔軟なリアリズム」の柔軟性は予測不能性(unpredictability)を意味することになろう。

 従来、米国のコミットメントは同盟国・同志国と共有する自由とか民主主義といった価値観に根差すものだった。しかし、コルビーは「我々の決意を証明するために不必要で声高なレトリックによる挑発に従事する必要を感じない」と述べたが、この発言は、価値観が拠り所であることを止めたことを示唆している。

 コミットメントの拠り所は、取引に置き換わった。演説は価値観への言及を見事に排除している。「インド・太平洋」の語はあるが、「自由で開かれた」の語は見当たらない。

 6月16日、ハワイに司令部を置くインド・太平洋軍はその旧称である太平洋軍に回帰した。その理由として、コルビーはインド洋およびインドの重要性を些かも減じるものではないとしつつ、戦略的焦点が第一列島線にあることを強調したい、と記者との質疑応答の中で述べている。


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