市の発表によれば、発足後の26年上半期には、新設と保全を合わせて1万2491戸に市が資金を付けた。ただし、前市政から準備されていた案件も含まれ得るため、すべてをマムダニ氏だけの成果とみなすことはできない。
保育では、ニューヨーク州と共同で2歳児向け無償保育の初年度事業を立ち上げ、2000人を超える子どもに利用枠を提示した。これに対して5700件を超える応募があった。保育補助を受ける約2万2000世帯についても、26年9月から市が自己負担分を肩代わりする方針である。
選挙時に掲げたバスの全面無料化は、まだ実現していない。先行しているのは、専用レーンや停留所などを改善し、バスを高速化する計画である。
したがって、マムダニ市政を単なる「ばらまき社会主義」と片づけるべきではない。住宅供給や交通改善も進めようとしている。問題は、その一方で、政府が価格を直接抑え、生活に必要なサービスを広く公費で負担することが、市政の主要な政策に位置づけられている点である。
「無料」でも費用は消えない
家賃を凍結すれば、入居者の負担はその場では増えない。保育の自己負担をゼロにすれば、子育て世帯は助かる。仮にバスを全面無料にすれば、利用者の負担も軽くなる。しかし、支払う人が変わるだけで、費用そのものは消えない。
保育を無償化しても、保育士の給与や施設の維持費は必要である。バスを無料にしても、運転手の給与や車両の購入費はかかる。利用者が払わなければ、納税者が払うことになる。
家賃を凍結しても、建物の修繕費、保険料、人件費は上昇する。その負担を家主だけに求めれば、修繕の先送りや賃貸市場からの撤退を招くおそれがある。
家賃規制には、現在の入居者の負担を抑え、立ち退きを防ぐ効果がある。その一方で、供給や修繕への意欲を弱め、これから住宅を探す人の選択肢を狭める可能性も、実証研究で指摘されている。
価格には、不足の程度を知らせる役割がある。供給が増えないまま価格だけを抑えれば、利用資格、抽選、優先順位など、行政が決める条件が配分を左右する。
2歳児向け無償保育で、利用枠を大幅に上回る応募があったことは、その現実を示している。自己負担をなくしても、保育所や保育士が急に増えるわけではない。
無料化や無償化とは、費用をなくす政策ではない。費用を利用者から納税者へ移し、限られたサービスを誰に配るかを決める権限を政府に集める政策でもある。
そして、この構図はニューヨークだけのものではない。
