日本の財政論争は、長く「債務残高」と「基礎的財政収支」、すなわちPBをめぐって展開されてきた。政府の借金はいくらあるのか。毎年度の政策経費を税収でどこまで賄えているのか。そうした会計上の指標が、財政健全化を語る際の中心であった。
しかし、高市早苗内閣が掲げる「責任ある積極財政」は、この従来型の財政論に一石を投じている。施政方針演説では、危機管理投資や成長投資を重視しつつ、政府債務残高の対国内総生産(GDP)比を安定的に引き下げ、マーケットからの信認を確保するための具体的指標を明確化するとしている。
これは単なる財政指標の技術的変更ではない。財政を「政府内部の会計指標」だけで見る時代から、「市場との関係において国家の信用を管理する」時代へ、財政運営の重心が移りつつあることを示している。
イタリアが示す「信用の価格」
その意味を考える上で、イタリアは示唆に富む。イタリアは欧州の中でも高い政府債務を抱える国であるが、近年の市場はイタリア国債を比較的落ち着いて評価してきた。
イタリア財務省は、イタリア10年国債BTPとドイツ10年国債Bundの利回り差を、国の信頼性を測る重要な指標として説明している。2022年秋にはBTP・Bundスプレッドは250ベーシスポイント前後まで大きく拡大していたが、その後は大きく縮小し、26年前半には60ベーシスポイント前後まで低下する局面もあった。
ここで重要なのは、市場が見ているものが、単純な借金の総額ではないという点である。市場は、政府が将来も資金を調達し続けられるか、成長によって税収基盤を維持できるか、政治が予見可能であるか、制度改革を遂行できるかを総合的に判断する。
その判断が最も端的に表れるのが、イタリア10年国債BTPとドイツ10年国債Bundの利回り差である。ドイツ国債はユーロ圏の安全資産とみなされるため、イタリア国債がそれに対してどれだけ上乗せ金利を求められているかは、投資家がイタリア国家に要求する信用リスクの価格を意味する。
イタリア証券取引所(Borsa Italiana)が公表するBTP・Bundスプレッドを見ると、26年7月20日時点でスプレッドは85ベーシスポイント、すなわち0.85%ポイントで取引されていた。細かな数値は日々変わるが、重要なのは、イタリア政府の信用が抽象的な政治評価ではなく、国債市場で毎日、数値として値付けされているという事実である。そこに表れているのは、まさに国家への信用の価格である。
