2026年7月24日(金)

解剖:「大きな政府」を好む日本

2026年7月24日

 とりわけ深刻なのは、母子世帯を含む脆弱な世帯である。25年国民生活基礎調査では、全世帯の生活意識で「苦しい」と答えた割合が55.4%であったのに対し、母子世帯では82.1%に達したと報じられている。さらに、ひとり親世帯の相対的貧困率は44.7%とされ、全体の相対的貧困率15.0%を大きく上回る。

 物価高はすべての家計に同じように作用するわけではない。所得が低く、貯蓄が乏しく、食料や光熱費など生活必需品の支出割合が高い世帯ほど、インフレ税の負担は重くなる。

 ここに、財政運営を市場信認だけで語ることの限界がある。国債市場が政府を信認していても、生活者が「政府は自分たちの暮らしを守っていない」と感じれば、国家への信頼は別の経路から失われる。

 財政の持続可能性とは、国債が売れるかどうかだけではない。国民が、将来もこの社会で生活を続けられると信じられるかどうかでもある。

 高市内閣が市場の信認を重視するなら、同時に、インフレ税が低所得層、母子世帯、高齢単身世帯、非正規労働者へ過度に集中しないよう、生活防衛の仕組みを財政運営の中核に据える必要がある。

「強い経済」は生活の安定を伴わなければならない

 高市内閣は「強い経済」を掲げている。しかし、強い経済とは、単に名目GDPが伸びることではない。株価が上がることでも、国債市場が安定することでも、政府が大型投資を打ち出すことでもない。

 強い経済とは、国民が生活の将来を見通せる経済である。働いても食費を削らなければならない、子どもの教育費を諦めなければならない、光熱費を節約するために健康を犠牲にしなければならない。そうした生活不安が広がる社会を、強い経済とは呼べない。

 ここで問われるのは、財政支出の方向である。成長投資は必要である。しかし、その成長が生活者の実質所得を高め、低所得層の購買力を守り、子どもの貧困を減らし、地域の雇用を支えるものでなければならない。市場が評価する成長と、生活者が実感する成長との間に乖離が生じれば、政府への信頼はむしろ損なわれる。

 したがって、高市内閣は市場向けの財政規律と、生活者向けの物価対策を別々の政策として扱うべきではない。両者は同じ国家信用の問題である。国債市場における信用と、生活者の暮らしにおける信用は、別の場所で発生するが、どちらも国家の持続可能性を支えている。

信用を失わない慎重さこそ国家運営である

 日本が学ぶべき教訓は二重である。第一に、PBや債務残高だけで財政再建を語る時代は終わりつつある。財政の健全性は、政府内部の会計指標だけではなく、市場が政府をどう評価するかによっても左右される。

 第二に、市場の信認を得るには、単なる緊縮でも、単なる積極財政でも足りない。必要なのは、将来の成長力と制度への信頼を同時に高める財政運営である。

 高市内閣の財政指標見直しは、従来の財政再建論を前進させる可能性を持つ。しかし、その可能性は、同時に大きな危うさを伴っている。

 骨太ショックは、その危うさを市場が早々に突いた出来事であった。財政再建の問いは、「借金をいくら減らすか」から、「国家への信頼をどう維持するか」へ移りつつある。

 だからこそ、高市内閣は積極財政を唱えるなら、これまで以上に厳格な財政規律、透明な投資評価、明確な財源論、そして日銀の独立性への敬意を示さなければならない。同時に、物価高がもたらすインフレ税を放置してはならない。市場の信認を得ることと、生活者の信認を得ることを、財政運営の両輪に据える必要がある。

 市場信認国家の時代において、政府に求められるのは、大きな支出を語る勇ましさではない。信用を失わない慎重さである。そして、その信用とは、国債市場の投資家からの信用だけではない。日々の食卓を守ろうとする生活者からの信用でもある。

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