財政は会計管理から信用管理へ
20世紀型の財政国家は、いかに赤字を削るかを中心に制度設計されてきた。財政規律とは、支出を抑え、増税し、赤字を縮小することだと理解されてきた。もちろん、この発想は今でも不要になったわけではない。放漫財政が市場の信認を失わせることは、歴史が繰り返し教えている。
だが、21世紀の財政運営はそれだけでは足りない。人口減少、地政学リスク、エネルギー不安、技術覇権競争、インフラ老朽化が同時に進む中で、政府がまったく投資しないこともまた、国家の信用を毀損する。重要なのは、支出の多寡ではなく、それが将来の成長力、供給力、社会の持続可能性を高める投資なのかどうかである。
財政政策は、もはや単なる数字の管理ではない。国家の信用をどう維持し、どう高めるかという信用のマネジメントである。その意味で、PB単年度黒字化という一つの指標だけに財政規律を押し込める議論は、現代の財政運営を十分に捉えられなくなっている。
「骨太ショック」が露呈させた市場の警戒
この文脈で見れば、高市内閣の「骨太の方針2026」をめぐる市場の反応は、きわめて重要な警告であった。政府は26年7月21日、高市内閣として初めての骨太の方針を閣議決定し、「責任ある積極財政」を掲げ、実質1%、名目3%を上回る成長を目指すとした。あわせて、40年度までに17分野で官民累計370兆円超の投資を見込む官民投資ロードマップを推進し、通常歳出とは別に「強く豊かな日本」投資枠を新設する方針も示された。
同時に、財政健全化目標は大きく組み替えられた。従来のPB単年度黒字化目標は後景に退き、債務残高対GDP比の安定的な低下が中核に位置づけられた。PBは複数年で管理し、一時的な悪化を許容する枠組みに変わったのである。
これは、成長投資を縛り過ぎないという意味では合理性を持つ。しかし、市場から見れば、財政規律の看板を掛け替えただけではないかという疑念も生じうる。
実際、骨太の方針をめぐっては、政府が日銀の利上げをけん制しているとの見方が市場で広がり、長期金利が上昇する局面があった。最終的に政府は、日銀法第3条に基づき金融政策の具体的手法は日銀に委ねられるとの文言を脚注に加え、日銀の独立性に配慮する姿勢を示した。これは市場の反応を受けた修正であり、いわば「骨太ショック」と呼ぶべき出来事であった。
「骨太ショック」が示したのは、今や日本政府の財政文書が、市場にとって単なる行政文書ではなく、金利を動かす政策シグナルになっているという現実である。財政規律を緩めるように読める表現、日銀の独立性を軽視するように読める表現、財源なき減税をにおわせる表現は、それだけで国債市場に不安を与える。
財政運営は、もはや霞が関の作文では済まない。言葉の一つひとつが、国家の信用コストに直結するのである。
