2026年9月10日(木)

解剖:「大きな政府」を好む日本

2026年9月9日

社会主義を名乗らない日本型「大きな政府」

 マムダニ市政との比較から見えてくるのは、日本の給付金・補助金行政が民主社会主義と無縁なのではなく、それに似た働きを、思想として名乗らず実行しているという事実である。

 政府は25年の総合経済対策で、自治体向けの重点支援地方交付金に2兆円を計上し、子ども1人当たり2万円を支給する措置を盛り込んだ。電気・ガス料金やガソリン価格への支援も続いている。

 高市早苗首相は26年8月25日、中東情勢等対応予備費を活用し、全国平均のガソリン価格を引き続き1リットル170円程度に抑えるため、補助を継続する方針を表明した。

 原油価格が急騰した際、家計や物流への影響を一時的に緩和することには合理性がある。問題は、緊急措置に明確な終了条件がなく、価格抑制が政府の恒常的な仕事へ変わることである。

 補助が続くほど、家計と企業は政府が価格を抑えることを前提とする。補助を縮小すれば、政策によって隠れていた価格上昇が表面に現れ、支援の継続が求められる。こうして、一時的な支援が恒常的な政府関与へ変わっていく。

 ニューヨークでは、「民主社会主義」という看板を掲げて政府を大きくする。日本では、「物価高対策」「少子化対策」「生活支援」など、その都度異なる名前で政府の役割を広げる。

 理念を掲げて進むニューヨークの民主社会主義は目に見える。個別対策として進む日本の「大きな政府」は見えにくい。見えにくいからこそ、歯止めもかかりにくい。

 では、その費用は誰が負担し、なぜ政府への依存が深まるのか。

政府依存の罠

 政府が配るお金は、政府が新しく生み出した富ではない。その費用は、税金や社会保険料として現在の国民が負担するか、国債によって将来の元利払いを増やし、将来の増税や歳出削減の可能性を高める。財政拡大が物価上昇を強めれば、インフレによる購買力低下という形で国民が負担することにもなる。

 日本政治の問題は、給付、補助、無償化を先に決め、財源の議論を後回しにしやすいことである。

 給付を決める際には、誰がいくら受け取るかが示される。政治家は成果を訴え、有権者は利益を実感する。しかし、その費用を誰が、いつ、どのような形で負担するかは見えにくい。

 26年度の一般会計歳出は、6月に成立した補正予算後で125.4兆円となった。このうち32.7兆円、歳出の26.1%を新たな国債発行に頼っている。当初予算に追加された3.1兆円の歳出は、その全額が国債の増発で賄われた。

 しかも、26年度の国民負担率は45.7%、国と地方の財政赤字を加えた潜在的国民負担率は48.4%となる見通しである。これは個々人の給与から45.7%が差し引かれるという意味ではないが、税と社会保障負担が家計の手取りを大きく圧迫していることに変わりはない。

 政府から1万円を受け取れば、1万円得をしたように感じる。しかし、その財源となる税や社会保険料、国債費、将来の歳出削減、インフレによる購買力低下は見えにくい。


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