2026年10月25日(日)

偉人の愛した一室

2026年10月25日

大工・左官技術の博覧会
見渡す限りの匠の技

 広壮な屋敷地の中、中心をなす旧宅は3つの棟で構成される。

 沓脱用の巨石を据えた堂々たる玄関と、それに続くのが茅葺屋根の東棟である。生家を懐かしむ豪農の館風に作られ、内玄関、台所ほか4室がある。畳敷きの大広間には囲炉裏が切られ、鴨居に神棚も備わる。

東館の居間は18畳の広々とした空間。奥に続く台所や内玄関まで視線が抜けるため、より開放的に感じる(WEDGE以下同)

 中棟は来客用の豪華な書院造り、18畳の大広間と10畳の次の間を入側(畳廊下)が囲む。控えの間、浴室、化粧室が備わり、大広間からは美しい回遊式庭園が眺められる。どんな貴賓でも迎えられる備えになっている。この棟のみ洋風の2階(非公開)が設けられていて、戦前には朝香宮が来訪している。

廊下にはいくつもの落京帽子掛けが。日興證券の迎賓館としても使用された面影が残る

 中棟から渡り廊下を進んだ先が旧宅の白眉、遠山が母のために丹精した西棟である。専用の玄関と水回りを備え、中庭を囲むようにして、来客の間、母美以の居住の間が廊下を隔てて配置されている。さながら一戸の邸宅のようで、他棟も要所に大工左官の技が光るが、数寄屋造り3室を備える西棟は別格とも言えよう。

中棟と西棟をつなぐ廊下の無双連子窓。築90年近くを経ても滑らかに開く様が、建材の上質さを物語る

 来客の間は8畳の主室に、3畳の控え、水屋、雪隠(トイレ)がつく。目をひくのが天井で、板目の杉を張った中に網代のラインを組み込む。風雅でありながらモダンな意匠が印象的だ。

 美以の間は、12畳を中心に4畳の控えの間、仏間の他、庭に面して7畳の茶会の間がある。そこには瓦敷の土間が回されて、草履で庭に出られるよう配慮されている。床の壁は「墨差し天王寺」と称される左官技術が使われ、時をへて墨色が滲み、寂びた味わいを醸している。

母のために誂えた西棟は至る所に細やかな趣向が凝らされている。茶室から眺める庭園も見応え十分だ

美以が過ごす12畳は障子に菊を描き、欄間に桐の透かし彫りが入る高貴な拵えとする。天井に使われる極上の薩摩杉は高価この上ない逸品。2畳の奥行ある床、床脇も2畳とって付け書院を設け、奥には風通しの飾り窓を切る。さしもの豪華さ。

西棟の母の部屋の天井は「極上の薩摩杉」。ぼんぼりの意匠の灯りが、ぬくもりを添えている

まだまだ紹介したい職人技があると、学芸課長の依田徹さんは話す。暗赤色の塗壁が美しいトイレ、そこに施された超絶技巧!

日本の左官技術の最高峰、〝紅差し大津磨き〟。鈍く光を反射するつややかな赤に目を奪われる

 「ベンガラを混ぜ込む〝紅差し大津磨き〟という技法ですが、コテ跡をまったく残していません。これを見学するために全国から職人がやってきます」

 金のかかっているのは資材や大工左官仕事ばかりではなかった。浴室にはお湯の出るシャワーがついた。特注した鏡台の脇には化粧のための給湯口もあった。東京丸の内の生活水準、それが母を喜ばせるためのコンセプトだった。

中棟の化粧の間に用意された給湯口。母を労わる遠山の思いが感じられる

 ところが、当の美以はといえば、東棟の囲炉裏に幼馴染や近所の人を集め、日がな茶飲み話をして過ごしたという。故郷に帰れただけで、余りある親孝行だったに違いない。

 遠山は戦中の荒波をも乗り切り、戦後は業界をけん引して、〝遠山天皇〟と呼ばれた。一方で、いまに伝わる美術骨董品の蒐集が趣味だった遠山は、遺族によれば、よく偽物もつかまされた。だが、本人曰く。

 「買ってやらないとあいつらが困るだろう」

 だまされることはあっても、だますことはするな、長男にそう遺言した遠山。生き馬の眼を抜く業界にあっても、情理を尽くす生き方に徹する、成功の秘訣とは、そんな単純明快なことだったかもしれない。

館内には遠山家の写真なども保管されており、当時の様子が想像できる
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Wedge 2026年11月号より
ニヒリズムを超えて 巨大災害時代を生き抜く
ニヒリズムを超えて 巨大災害時代を生き抜く

東日本大震災から15年の月日が流れた2026年。7月には令和8年熊本地震が発生し、千葉県では複数回にわたって浸水被害が起きた。日本において自然災害の危険性は尽きないどころか、甚大な被害をもたらす都市型水害など新たな脅威にも向き合っていかなければならない時代になった。巨大災害を前にして人間は無力である。だからといって、ただ茫然自失として待つだけでよいのか。事前の備えに100%はない。それでも、自分たちができる最善の対策を行い、諦めることなく「減災」の思考を持ち続けるべきだろう。巨大災害時代を生き抜くために変えるべきこと、守るべきことを改めて考えたい。


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