大工・左官技術の博覧会
見渡す限りの匠の技
広壮な屋敷地の中、中心をなす旧宅は3つの棟で構成される。
沓脱用の巨石を据えた堂々たる玄関と、それに続くのが茅葺屋根の東棟である。生家を懐かしむ豪農の館風に作られ、内玄関、台所ほか4室がある。畳敷きの大広間には囲炉裏が切られ、鴨居に神棚も備わる。
中棟は来客用の豪華な書院造り、18畳の大広間と10畳の次の間を入側(畳廊下)が囲む。控えの間、浴室、化粧室が備わり、大広間からは美しい回遊式庭園が眺められる。どんな貴賓でも迎えられる備えになっている。この棟のみ洋風の2階(非公開)が設けられていて、戦前には朝香宮が来訪している。
中棟から渡り廊下を進んだ先が旧宅の白眉、遠山が母のために丹精した西棟である。専用の玄関と水回りを備え、中庭を囲むようにして、来客の間、母美以の居住の間が廊下を隔てて配置されている。さながら一戸の邸宅のようで、他棟も要所に大工左官の技が光るが、数寄屋造り3室を備える西棟は別格とも言えよう。
来客の間は8畳の主室に、3畳の控え、水屋、雪隠(トイレ)がつく。目をひくのが天井で、板目の杉を張った中に網代のラインを組み込む。風雅でありながらモダンな意匠が印象的だ。
美以の間は、12畳を中心に4畳の控えの間、仏間の他、庭に面して7畳の茶会の間がある。そこには瓦敷の土間が回されて、草履で庭に出られるよう配慮されている。床の壁は「墨差し天王寺」と称される左官技術が使われ、時をへて墨色が滲み、寂びた味わいを醸している。
美以が過ごす12畳は障子に菊を描き、欄間に桐の透かし彫りが入る高貴な拵えとする。天井に使われる極上の薩摩杉は高価この上ない逸品。2畳の奥行ある床、床脇も2畳とって付け書院を設け、奥には風通しの飾り窓を切る。さしもの豪華さ。

まだまだ紹介したい職人技があると、学芸課長の依田徹さんは話す。暗赤色の塗壁が美しいトイレ、そこに施された超絶技巧!
「ベンガラを混ぜ込む〝紅差し大津磨き〟という技法ですが、コテ跡をまったく残していません。これを見学するために全国から職人がやってきます」
金のかかっているのは資材や大工左官仕事ばかりではなかった。浴室にはお湯の出るシャワーがついた。特注した鏡台の脇には化粧のための給湯口もあった。東京丸の内の生活水準、それが母を喜ばせるためのコンセプトだった。
ところが、当の美以はといえば、東棟の囲炉裏に幼馴染や近所の人を集め、日がな茶飲み話をして過ごしたという。故郷に帰れただけで、余りある親孝行だったに違いない。
遠山は戦中の荒波をも乗り切り、戦後は業界をけん引して、〝遠山天皇〟と呼ばれた。一方で、いまに伝わる美術骨董品の蒐集が趣味だった遠山は、遺族によれば、よく偽物もつかまされた。だが、本人曰く。
「買ってやらないとあいつらが困るだろう」
だまされることはあっても、だますことはするな、長男にそう遺言した遠山。生き馬の眼を抜く業界にあっても、情理を尽くす生き方に徹する、成功の秘訣とは、そんな単純明快なことだったかもしれない。
