しかし筆者が最も懸念するのはこうしたある意味「金融の技術論」の部分ではない。「東電ができないものは、国が引き受けるしかない」と河野議員は発言されているが、国が超長期にわたる廃炉事業を直接マネジメントをしていくことが可能であるとは到底考えられないのだ。「東電を破綻処理して、事故処理をする部隊と新たな発電会社にわけるということは、そこで再出発をして良いよ、ということはその方が社員としての士気も高まっていく。」とも発言されているが、再出発ができるのは電力事業に関わる会社に行く社員だけではないだろうか。廃炉・汚染水対策といった負の事業のみの遂行主体に行く社員の士気は、国が主体となれば本当に高まっていくのだろうか?
いま大変厳しい制約条件の中で廃炉や汚染水処理といった難題に取り組んでいる現場の方たちは、議員の「福島の処理にいかに手を抜くかになっている」という言葉に傷ついていることだろうが、国が主体となるということは、こうした政治家の言葉に振り回されるということになる。現場を一顧だにしていないのではないかと思わせる発言には大きな不安を抱かざるをえない。費用負担、方針決定、運営管理、実作業のどの段階に国がどの程度関与するのかは緻密な制度設計が必要であり、決して「国がやるから大丈夫」と言えるものではないことは、これまで国が行ってきた原子力の研究開発事業が遅々として進まなかったことを見れば明らかだ。
3.東京電力以外への影響
この他懸念される事項として、社債市場や金融機関、株式市場への影響がある。第一の社債市場への影響であるが、H23年3月末東電債発行残高は4兆4,250億円、電力債全体では約13兆円と、電力債は社債市場で大きな位置を占める。国債に準じるほどの信用力があり、社債市場のベンチマークとなっていた東電債が一旦デフォルトすれば、他の電力会社の資金調達にも困難をきたすことはもちろん(2011年3月期の電力9社の有利子負債残高は約23兆円、電力債の発行残高はその50%を占める)、社債市場全体の価格見直しにつながる恐れもある。仮にではあるが、約63兆円と言われる公社債残高のうち1〜2割程度が下落したとすると6〜13兆円の損失が生じることとなる。企業の資金調達が困難になることや調達コストの上昇、年金共済や生保等の社債購入主体への影響波及は避けられないだろう。
金融機関への影響も懸念される。東電に対する貸付債権は、正常先または要注意先から破綻先に区分変更され、要引当額が格段に増加する。具体的には、東電の借入金は約2兆8,800億円(H26年3月末、連結)であり、各金融機関が破綻先の無担保債権に適用する平均的な引当率を100%とすると8、3兆円近い要引当額増加となる。
東電債3兆8000億円が一旦デフォルトすること、東電株3000億円程度(賠償機構保有分を除く民間保有分)が更生計画に基づいて100%毀損することを合わせれば、全体で約7兆円規模の損失となり、金融機関や生保などのステークホルダーの自己資本も大幅に毀損せざるを得ないだろう。金融機関が自己資本比率低下に直面すればその回復のために、貸し渋り、貸し剥がしといったことが行われるのは当然予想され、マクロ経済全体に与える影響は看過できないものとなる。
8:債務者分類と貸倒引当金の関係は銀行によって考え方が異なる。一般的な区分の紹介が下記になされている。http://www.hi-ho.ne.jp/smc_toyo/0109221.pdf